『天国　ゴトウユキコ短編集』『十次と亞一』『夜さんの愛しの晩餐』……漫画ライター・ちゃんめい厳選　8月のおすすめ新刊漫画

　今月発売された新刊の中から、おすすめの作品を紹介する本企画。漫画ライター・ちゃんめいが厳選した、いま読んでおくべき5作品とは？

『天国　ゴトウユキコ短編集』ゴトウユキコ

　夏の終わりはなぜかやたらと感傷的な気分になる。楽しみにしていた長期休みやイベントごとが“終わってしまった”というような、あの感覚がより一層感傷的な気分にさせるのだろうか。いずれにしても、そんな時は無性に過去のことを思い出してしまう。

　あの日「好きだ」と言えなかった後悔。子供ならではの窮屈さを感じていたあの頃。大人になると、それなりに膨大な思い出が蓄積されているわけで。それらを美しく語ることもできるけれど、正直、思い出は決してクリーンで美しいものだけじゃない。若さゆえの未熟さ、愚かさ.......ぐっちゃぐちゃで無骨な“あの日の感情”。それを両手で丁寧に掬い取ったような一冊。それが、『天国　ゴトウユキコ短編集』だ。

　SNSで大反響を呼んだ感動作『天国までひとっとび』、ヤンマガWebで公開されて賛否両論を呼んだ（私は大好きです）『2月14日の思い出』、少年と青年の狭間で揺れ動く淡い恋心を描いた『家庭教師』、そしてどこかスタンド・バイ・ミーのようなロードムービー感のある『迷子犬とわたしたち』の以上4作品が収録された本作。注目してほしいのは、主人公や細かいストーリー展開というよりも、作中に充満している感情の揺れ動き。全く同じ経験をした人はいないかもしれないが、この感情の断片には覚えがある.......と、共鳴するものがあるはず。

『十次と亞一』コドモペーパー

　ひとたびページをめくれば、どこか懐かしい匂いや温もりに包まれる......そんな味わい深い筆致で描かれる『十次と亞一』。明治・大正期を舞台に、売れない漫画家・十次（じゅうじ）と、売れっ子の幻想小説家・亞一（あいち）の奇妙な巡り合わせを描いたミステリーものだ。

　色男だけれど、どこか浮世離れしている亞一に“画題”として興味をもった十次。こうして十次は、口述筆記という形式で亞一の創作活動の手伝いをすることになる。共に創作に打ち込み、同じ下宿先で寝食を共にする2人だが、決して馬が合っているわけではなく、絶妙に心地よい脱力感が漂う......この2人のゆるっとしたバディ感が読んでいてやみつきになる。

　だが、物語が進んでいくうちに、亞一がふとした瞬間に十次へ向ける鬼気迫る眼差し、そして、本の献辞に記している“千鳥”とは一体？ と。だんだんと亞一へ募っていく疑惑と不信感。先ほどの心地よい脱力感はどこへやら、なんだか海底に沈んでいくようにダークでミステリアスな展開へと突入していく。

　亞一が生み出す小説に秘められた切ない“謎”の正体。それを突き止めるために、十次はまるで金田一耕助さながらの行動力と好奇心で縦横無尽駆け巡るが、『十次と亞一』のタイトル通り、この2人の出会いも何かも必然だったのだと。まるでパズルのピースがかちりとはまるような謎解きに唸りながらも、じんわりと優しくあたたかな気持ちになる。

『夜さんの愛しの晩餐』緒崎カホ

　よく煮込まれたビーフシチューはお肉の食感と染み渡るような旨みが体に嬉しい、寒空の下で食べる肉まんはより一層皮のもちもち感と具材の美味しさが際立つ.......つまり、食事とは決して栄養補給だけではなく、食すことでしか得られない喜びがあるのだと。そんな食の魅力を“吸血鬼”が教えてくれる、異色のグルメマンガが誕生した。その名も『夜さんの愛しの晩餐』。

　人間に紛れながら、ひっそりとこの現代社会に生きる吸血鬼の夜さん。人目を忍んで犯罪者の血を食す夜さんだったが、ある日人間の食事の美味しさを知ってしまう。ただ、人間の食事を美味しく食すには、まず人の血を食さなければならない。こうして、夜さんは今宵も人間の食事を堪能するために、血を求め彷徨う。

　吸血鬼の食事といえば人間の血。これは、吸血鬼モノにおいて揺るがぬ設定であり、『夜さんの愛しの晩餐』にもしっかりと組み込まれているが、夜さんの場合は人間の食事を楽しむために血を吸う........この目的のズレが非常に斬新であり、本作の魅力である。

　そして、美麗な筆致で描かれる、美しさと狂気が共存する吸血シーン、そしてトロンとした笑顔がかわいい人間の食事シーン、夜さんの2つの顔にぜひ注目してほしい。ちなみに、なぜ彼が人間の食事に目覚めたのか？　 誰の手料理を楽しみにしているのか？　そこには、 思わずぎゅっと抱きしめたくなるような物語が待ち受けているので必見だ。