『恋とか夢とかてんてんてん』に感じる“現代の質感” 新たな漫画サイト「SHURO」の連載作に迫る

『恋とか夢とかてんてんてん』に感じる“現代の質感”

 一体、私は何のために生きているのだろう。これは生きている限り続く永遠の命題かもしれない。けれど、未来を夢見たり、新たなことに挑戦するための“若さ”をゆるやかに消耗しつつある30代に差し掛かると、八歩塞がりに感じてしまい一層重くのしかかってくるのではないだろうか。

 もしもマンガの世界だったら、ひょんなことから自分の才能が開花したり、運命を狂わすような恋愛が始まったり.......奇跡的なサムシングに導かれるように、自分の生きる理由や希望を見つけていくのかもしれない。でも、実際はそんなこと起きないし、きっと生きる意味や理由なんてわからず、命ある限りこの日々がゆるっと続いていく。そんな残酷な現実を理解しているからこそ、今日も私は“推し”のSNSを逐一チェックしては、何か更新があれば「生きる活力!」と心の中で叫ぶ。きっとこの先も自分の人生と交わることは一生ないであろう、第三者に自分の生きる理由を委ねて。

 そんな、自分ではなく他者に生きる希望やささやかな夢を見出してしまう.......痛いほど等身大かつ現代らしいドラマチックが詰まってるのが世良田波波先生の『恋とか夢とかてんてんてん』である。

 私は絵を描くことが大好きだったーー。色々な夢を抱えて単身上京してきたはずだったのに、気付いたらあれから10年。夢を叶えることも、新たな希望を見出すこともなく、もうすぐ30歳を迎える私はとある一流企業の食堂でアルバイトをしている。それが、本作の主人公である“カイちゃん”だ。

 自分には何もない。痛いほどに現実を直視している彼女だが、実は“生きる希望”とやらを胸にひっそりと抱えて生きている。その正体は、いつも食堂で見かける爽やかなイケメン会社員。とある日の夜に、駅で泥酔して寝転がっていた彼の“裏の姿”を見てから、なぜか気になって仕方がない.......。一度気になったらどんどん気になってしまうもので、食堂で目が合うだけで胸は高なり、あげくの果てには“裏アカ”を特定して毎日せっせとSNSをチェックする。

 例えば、彼が「月がきれいですね」と投稿したら、すぐさま月を見上げて同じ月をみる。そんな直接的に交わることは決してないが、SNSを媒介にして彼と一方的に交わる日々。そこには人肌のような温かさはないけれど、自分の心が静かに燃え上がるような確かな熱量を感じる。やがてその熱量は、うだつの上がらない日々を送る彼女の人生を大きく変化させていく。

 カイちゃんを見ていると、なんだか冒頭で話した自分の姿が痛いほどに重なってしまう。第三者に勝手に生きる希望を見出し、勝手に期待して、勝手に盛り上がる........どこまでも一方通行な情熱の先にあるのはどんな人生なんだろう。世良田波波先生が描く、どこか懐かしくも可愛らしい絵柄が胸にきゅんと響く一方で、そんな切実な思いを抱いてしまう。

 実は、本作はマガジンハウスが2023年6月30日にリリースした漫画webサイト「SHURO(シュロ)」の創刊を飾る作品の一つ。編集長を務めるのは、過去にリイド社の「トーチWeb」を立ち上げた経歴を持つ関谷武裕氏で、「SHURO」では“楽しくて、刺激的で、役に立つ”をテーマにした新作漫画連載のほか、過去にマガジンハウスから出版した高野文子作品などの再掲載を行っている。

 ちなみに、“楽しくて”はエンタメを追求した恋愛・ヒューマン・アクション・ファンタジー系作品。“刺激的”はオリジナリティを追求したオルタナティブ系作品、“役に立つ”では日常に活かせる技術や知識が得られるエッセイ・実用書系作品と定義しているそう。

 『恋とか夢とかてんてんてん』は、“楽しくて”を体現した作品ではある一方で、現代を生きる人ならではの内面的な質感をダイレクトに感じる“刺激的”な作品でもある。「SHURO」というサイトのコンセプトに合致した本作をぜひ体験してみてほしい。

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