漫画の原画をどう保存していくか? 漫画家・竹宮惠子に聞く今後の課題と展望

 8月14日の読売新聞の報道によると、文化庁は来年度から日本漫画の原画やアニメのセル画の収集に乗り出すという。近年、美術品としての価値も認められつつある漫画の原画。秋田県横手市の「横手市増田まんが美術館」のような、保存機能をもつ施設の整備も進んでいる。しかし、一時代を築いた漫画家の高齢化に伴い、膨大な量の原画の行く末を案じる声も大きい。

 昨今は漫画をデジタルで描く漫画家も多く、そうした作品は原画が残らない。記者が取材をしていると、原画の存在を知らない漫画家もいて、時代の変化を感じずにはいられなかった。日本の文化遺産である漫画文化を後世に伝えるためには、原画の保存が不可欠であるといえよう。

 『風と木の詩(うた)』『地球(テラ)へ…』などの代表作をもつ日本を代表する漫画家・竹宮惠子は、2019年にNHKの番組で原画の行く末を案じつつ、漫画家の“終活”についても語っていた。番組放送から数年たち、原画の保存を取り巻く状況は改善しているのだろうか。竹宮に話を聞いた。

日本を代表する漫画家であり、漫画家の終活についても詳しい竹宮惠子氏

漫画の原画とはどんなものか

――2022年の「日本マンガ学会」は秋田県の「横手市増田まんが美術館」で開催されました。「まんが美術館」といえば、漫画原画の受け入れと保存の活動を行っていることで有名です。シンポジウムを経て、原画保存の体制に変化はありましたでしょうか。

竹宮:保存体制の構築に向けて進展しつつあります。家にある原画をどうすればいいのか、困っている漫画家はたくさんいます。原画は手で描かれた工芸品のようなものですが、連載作家になると物凄い枚数があるため、とても「まんが美術館」だけではすべてを受け入れできません。そのため、日本各地に受け入れ先を確保しなければいけないと話し合いました。「まんが美術館」には京都精華大学を卒業したキュレーターが入り、漫画家の相談に乗る体制もできつつあります。

――竹宮惠子先生にとって、そもそも原画とはどんな存在なのでしょうか。

竹宮:私自身は1枚の原稿を仕上げるために、膨大な情熱やエネルギーを傾けてきたと思っていますから、原画はかけがえのない存在だと思っています。近年は、漫画家の原画展が盛んに行われています。原画からでなければ得られない魅力がたくさんあるからこそ、来場者を引き付けるのだと思います。

――現在、竹宮先生が管理されている、ご自身の原画の枚数はどれくらいあるのでしょうか。

竹宮:私のもとで管理している原画の枚数は、延べ180作品、2万6,000ページくらいあります。妹が私のマネージャーを務めていて、保存の体制もしっかりしているので現時点では問題はありません。

――凄い量ですね。しかし、原画の管理は湿気などに気を使いそうですし、博物館などとは異なる家庭の環境では難しいのではありませんか?

竹宮:原画の保存はそれほど難しいことではありません。もちろん湿気が籠った空間にずっとしまい込んでおけば、カビが生えたり変色する問題はありますが、人間が快適な状態でいられるくらいの環境であれば、美術館レベルにまでしなくても管理できます。

『風と木の詩(うた)』は本格的に少年愛を描き、日本漫画史における最重要な作品のひとつとして名高い。ⓒ1976『風と木の詩』 keikoTAKEMIYA

漫画の原画をなぜ残すべきなのか

――漫画の原画をわざわざ残す必要があるのか、という議論もあります。漫画は印刷物(単行本や雑誌)があればそれで充分なのではないか、と言っている人もいました。

竹宮:原画から読み解ける情報は多いんですよ。マンガ学会などで漫画を研究する人たちにとっても、単行本と原画では、得られる情報の違いが大きいといいます。例えば、ベタの塗り方がどうだったのか、しかもそれがインクだったのか墨汁だったのか、一部だけマジックで塗ったのか……とか。漫画家の技法を知ることができるので、印刷物とは違う価値があるといえます。

――確かに、マンガ学会のように漫画の研究する場も増え、京都精華大学のような漫画の研究機関も増えていくことが予想されます。そういった研究に原画は役立ちそうです。

竹宮:おっしゃるとおりです。また、次世代の漫画家を育成するうえとしても、原画を見ることは有効なんですよ。私が京都精華大学で教鞭をとり始めた頃、2001年から京都と東京で個展をやっています。友人に個展をやってみないかとすすめられて始めたもので、最初はファンサービスのひとつと考えていたのです。ところが、せっかくなので学生にも足を運ぶように言ったところ、原画から刺激を受けて戻る学生が多かったんですよ。原画の価値を再認識しました。

同じく竹宮惠子の代表作である『地球(テラ)へ…』。70年代は日本の少女漫画の歴史が大きく変わった時代であった。ⓒ1977『地球へ…』 keikoTAKEMIYA

――現代のデジタルで漫画を描く漫画家にも、アナログの原画を見ることは効果的なのでしょうか。

竹宮:もちろんです。私も近年、デジタルで漫画を描きましたが、デジタル主流の時代だからこそ原画の良さも再認識できますし、実物を見ることで表現の幅が広がると思います。

――竹宮先生のおっしゃる通りで、原画から得られる情報量って本当に多いですよね。

竹宮:京都精華大学に漫画を学びに来ている学生も原画展で、いったいどうやって描いているんだろう、こんなスピードの線は描けない、などと細かく見ていました。どうやって描いているんだろうと技法に興味関心を持つことも、漫画の上達への近道なんですよ。

竹宮惠子が学長を務めた京都精華大学。写真=山内貴範
竹宮惠子の原画展の様子。近年、漫画家の原画展は各地で行われるようになった。それも、漫画の原画に魅力を感じる人が増えたためなのだろうか。

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