漫画の原画をどう保存していくか? 漫画家・竹宮惠子に聞く今後の課題と展望
原画がぞんざいに扱われることも多かった
――近年では、漫画の原画に美術的な価値を認める動きもあります。一方で、昔は出版社が原画をぞんざいに扱っていたとも聞きます。
竹宮:出版社が漫画家から原画を買い切る時代が長かったためです。漫画家の間でも、返してもらえないのが普通という感覚がありましたね。原画の紛失もたびたびありました。基本的に印刷が終われば原画は不要になりますので、捨ててしまった例もあるのかもしれません。もしくは、別の書類に紛れて、気づかないうちにどこかになくしてしまうケースもあるでしょう。
――今では考えられないことですね。
竹宮:今では、出版社と印刷所の間でも原画を漫画家に返却したかどうか、確認するようになっています。私は早い段階から、印刷が終わったら返してくださいと言ってきたのですが、それでも紛失されたことは何度もあります。
――竹宮先生はそうした苦い経験を踏まえ、京都精華大学国際マンガ研究センターと共同で「原画ダッシュ」を制作されています。これは本物の原画と違わないクオリティーだそうですね。
竹宮:「原画ダッシュ」はペンやベタのムラまで緻密に再現しています。プリントするのは普通のマット紙ですが、原画の紙質をも原画の持っている情報として可能な限り再現する仕様です。しかも、版下として原稿の代わりに入稿できるレベルまで質を高めています。研究者もびっくりするくらいのクオリティーで、印刷所に原画そのものを渡すより色調整した原画ダッシュで入稿する方が、色が綺麗に出る気がするくらいです。このアイディアを思いついたのも、私の漫画はたびたび復刻再版されているため生原稿の出入りが多く、何度か原画を紛失される経験をしているからです。未然に防ぐためにも、手元にある原画のうち特に重要なものは、「原画ダッシュ」を制作しているのです。
保存の輪を広げるにはどうすれば
――原画を保存するための課題は、他にはどのようなものがあるのでしょうか。
竹宮:私の場合は妹がマネージャーを務めているので、原画の管理については心配していませんし、預け入れ先も検討している段階です。ただ、他の漫画家の話を聞くと、親族が原画の価値をわからないケースが非常に多いのです。
――確かに、遺族が扱いに苦労する例は出てきそうです。
竹宮:原画には著作権の問題も発生しますが、漫画に関わってこなければわからないのも無理はありません。ただ、私たちの世代はもちろんデジタルなんてなくて、アナログの生原稿が中心。しかも、漫画業界が盛り上がって漫画家の数も多かった世代です。そういう人たちが終活の時期に入ってきているので、早く体制を固めてルールづくりをしていかなければいけないと思います。
――そのための資金も必要ですよね。
竹宮:公的な基金や自治体の補助金だけでは難しいですし、預かった原画の活用策をどうするのかといった課題もあります。資金の面では、出版社などのネットワークが協力してくれないかなと思っています。
――日本の漫画文化が世界から注目されていますが、貴重な原画が散逸し、浮世絵のように海外に渡ってしまうことだけは避けたいですね。竹宮先生の話を聞き、漫画界全体で原画の保存について議論を行う時期に来ていると思いました。
竹宮:これからの漫画界にとっても避けて通れないテーマだと思います。世論を盛り上げていくためには漫画家も積極的に参加し、幅広く議論を行っていくことが重要だと考えます。