日本のイラストレーションの歴史と重なる雑誌「季刊エス」「SS」展示会から見えた新たな版元「パイ インターナショナル」の展望

「季刊エス」「SS」展示会から見えた展望
「イラストフェスSP」のポスター

 原宿にあるデザインフェスタギャラリーで、8月6日まで「季刊エス」「SS」の展示会「イラストフェスSP」が開催されている。その展示内容といえば、イラストレーターの望月けいや茶々ごま、『テガミバチ』の浅田弘幸、『青の祓魔師』の加藤和恵、『神風怪盗ジャンヌ』の種村有菜や『明日ちゃんのセーラー服』の博など、第一線で活躍する漫画家やイラストレーターの作品展示が行われ、多数のクリエイターから寄せられたコメントが掲示された豪華極まりない内容なのだ。

  このファン垂涎の展示会を見ると、エス編集部が歩んできた歴史そのものが、日本のイラストレーションの歴史と重なることがわかる。今回は、そんな雑誌を刊行する(株)パイ インターナショナル社長の三芳寛要氏、そして「季刊エス」「SS(スモールエス)」編集長の天野昌直氏にお話を伺った。

パイ インターナショナルの出版物。「SS(スモールエス)」などの雑誌から画集まで、クリエイターの魅力を広める書籍を多数出版

独立して「季刊エス」を創刊

――「季刊エス」はどのような経緯で創刊されたのでしょうか。

「季刊エス」「SS(スモールエス)」編集長の天野昌直氏

天野:2003年に私が創刊し、今年でちょうど20周年を迎えます。当時、美術出版社で「美術手帖」の別冊「コミッカーズ」の編集長をしていました。ここから私が独立して、飛鳥新社で出版したのが「季刊エス」です。初期の「コミッカーズ」は漫画の描き方を紐解く雑誌でしたが、「季刊エス」は漫画、アニメ、イラスト、ゲームなどのジャンルを横断して、キャラクター&ストーリーで形作るビジュアル表現を総覧した雑誌です。その後、何度か出版社が変わり、「SS」は7月20日に発売された74号から、「季刊エス」は9月15日に発売される83号から、パイ インターナショナルによって発売されることになりました。

――天野さんがわざわざ独立してまで、新しい雑誌を手掛けようと思った動機は何だったのでしょうか。

天野:1990年代後半、従来のイラストレーションとは違うタイプのイラストが注目されました。そういった機運を雑誌で伝えていこうと思ったんです。代表的な手法は、ゲームメーカーのカプコンで、「マンガリアル」と呼ばれていたそうですが、漫画っぽいデザインに、リアリティを込めて表現する作風。例えば、キャラの目が大きくて漫画的だけれど、フォルムは立体的で、人物を構成する肌、眼球、髪、そして衣装も布と革の質感を明確に描き分けるといった手法です。漫画的なキャラクターが、実在感を持って迫ってくる。今でいうVRを想像してもらえると良いかもしれません。漫画的な絵が実際に存在しているかのように感じられるんです。それは当時の「コミッカーズ」の読者層である漫画ファンにも、新しい潮流として注目されていました。

  また、絵に描かれた場所が実在しているように感じられる田中達之さんの作風も、空間的な意味でのマンガリアルだと言えると思います。こういったリアルな作風の他にも、漫画と絵本の間のような作風、デザイン的でグラフィカルな手法、透明感を強調したカラーリングなど、様々な方向に漫画的な絵が発展をしはじめました。その中でも、現在のイラスト界に最も影響を与えたのは、マンガリアルだと思います。

――マンガリアルを象徴する作家といえば、具体的にどなたが挙げられるのでしょうか。

天野:当時のカプコンではあきまんさんや西村キヌさん、BENGUSさんたち。そして、今回の展示会にコメントを寄せていただいた、村田蓮爾さん、寺田克也さんが代表的な作家だと思います。1990年代、この方々の登場でイラストの表現が大きく変わったといわれ、現在活躍している作家にもその影響を公言する方がたくさんいます。「コミッカーズ」の読者アンケートでも、そういった作家を誌面で紹介して欲しいという意見がありました。当時は、こうした新しい潮流の作家を紹介する雑誌は他になかったため、「季刊エス」では彼らのイラストを丁寧に紹介しようと考えたんです。

――村田さんや寺田さんたちの活動は、2000年代以降の小説の表紙絵にも影響を与えましたよね。のちにライトノベルにもつながったと思います。

天野:小説の分野では、天野喜孝さん、安彦良和さん、いのまたむつみさんがそれ以前に大きな活躍をされていましたよね。でも2000年代くらいから、1枚の絵に価値を見出して、本やパッケージを購入する気運が一気に高まったと感じます。この頃はインターネットが絵描きに発表の場を用意して、イラストを描く人たちがどんどん知られるようになりました。その流れで、2000年以降はライトノベルはもちろんですが、ハードカバーの小説にも漫画的なイラストを起用した表紙が格段に増えたと感じます。寺田さんや村田さんが一枚の絵のクオリティを高めて、「この一枚が欲しい!」と思われるほどに魅力的に見せた影響だと思います。

――なぜ、そういった表現が熱狂的に受け入れられたのでしょうか。

天野:寺田さんがデフォルメのことを「イメージの凝縮」と仰っていたのが印象的です。普段の状態を誇張して「現実離れした表現」にすることではなく、むしろ逆で、あり得ないものを「現実的に見せる表現」ということ。1枚の絵に、その世界観の広がりを想像できるほど、キャラクターの衣装や小物、背景など、いろんなイメージを詰めていく。1枚に作家の思い描いた世界が凝縮されているんです。だから、イラストを見ただけで、まるで映画を見るように作品世界に惹き込まれていく。そんな表現が見事でした。読者も想像力を喚起され、心を揺さぶられる体験をしたのでしょう。

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