日本のイラストレーションの歴史と重なる雑誌「季刊エス」「SS」展示会から見えた新たな版元「パイ インターナショナル」の展望
特にこだわりあるのが読者投稿ページ
――「季刊エス」と「SS」は、どのように棲み分けをおこなっているのでしょうか。
天野:表現をしたい人に向けているという点では共通しているのですが、「季刊エス」は主にプロ志向の人をターゲットにしています。だから第一線で活躍しているイラストレーターや漫画家さんの特集をおこないます。一方の「SS」は、絵を描き始めようとする人たち、絵を描いて交流したい人に向けています。年齢層も自然と若くなり、実際、「SS」に投稿してくるのは中高生が多く、小学生も増えています。初めてイラストを描こうとする層に向けた技法の手ほどきも紹介しています。
――「SS」のページをめくってみると、投稿のコーナーにかなりのページを割いていることがわかります。SNS全盛の時代に、これほど読者投稿に力を入れているのはなぜでしょうか。
三芳:ここが、当社が「季刊エス」「SS」の事業を承継することを決めた一番の理由なのです。子どもたちは2つの壁にぶつかって絵を描くのを止めるといいます。1つは技法や技術の壁。もう1つは仲間の問題。周囲に自分と同じように絵を描く仲間がいるとは限らないのです。ところが、投稿して作品が掲載されると、同じような年代の同志が日本中にいることが実感でき、勇気づけられるわけですね。エス編集部のスタッフは、「雑誌投稿はコミュニティを形成する重要なツールであり、それを守りたい」と言っていました。この発言が凄く、僕の心に響いたんですよ。
天野:「SS」の投稿ページは、まさに雑誌を成立させる一番の柱です。パイに移籍してから、16ページほど拡充しましたが、これで従来比より160人~200人くらい多く掲載できます。編集部としては、少しでも多くの人を載せたいという思いからです。そして、紙媒体の魅力は子どもが親やおばあちゃんに絵が載ったと報告して、つながりを作りやすいことです。ネットより本のほうが感心されるそうです。
多くの投稿作の中から選ばれて掲載されるので、実力を試すことにもなります。SNSとも実は親和性が高く、「載ったよ~~!!」とTwitterで報告される方もたくさんいて、絵の活動の中の、イベントの一つにもなっています。掲載サイズには大小の差があるので、より大きく載りたいという目標を持つ投稿者さんも多くおられます。
購買するのはどんな読者が多いのか
――「季刊エス」「SS」の読者はイラストに関心を持たれる方が多いと思いますが、具体的にどんな方が多いのでしょうか。
天野:絵を描く「表現」に興味のある人が多いと思います。もちろん自身で描く人も多くおられます。私たちが企画した「SSお絵描き合宿」が7月にあったのですが、雑誌で参加者を15~20人くらい募集して、栃木県日光のログハウスに全国から集まってみんなで絵を描きました。10~20代が半分くらいで、30歳以上の人も来ます。北は青森県、南は長崎県まで地域も幅広く、世代も地域も超えて絵を通じた交流ができました。
参加者同士で人生観を話し合ったり、好きなイラストの話をしたり、連絡先を交換し合う関係になったり。周りに絵を描く友達がいなくて独りで過ごしてきた人たちも、合宿に来れば、参加者に絵を描いてもらったり、自分の絵を披露して交流ができ、楽しい時間を過ごせます。そんな風に私たちは読者と交流を持つことが多いので、どんな人が雑誌を読んでくれているのか実感できています。
――いいお話ですね。イラストがもつ力を感じるエピソードです。「季刊エス」や「SS」の投稿を見ると、アナログで絵を描いている投稿者が目立ち、コピックや水彩絵具を紹介するページもあります。読者はアナログ的な技法に関心が強いのでしょうか。
天野:原画という物質感を味わえるアナログは、今改めて関心を持たれているようです。最近はデジタルで描き始めた人が、アナログに取り組むケースも増えています。アナログは原画の展示をするときの感動も大きく、絵を体験するという気持ちになりやすいと思います。もちろん弊誌では、デジタルもアナログも両方応援しています。ただ、なかなか商業的な場面だと、アナログで仕事をする機会は少ないと思います。
――ゲームなどのデジタルメディアはもちろんのこと、書籍用のイラストも、デジタルで入稿するのが当たり前になっていますからね。
天野:やはり雑誌自体が紙なので、ネットメディアと比較するとアナログの方が多い印象があります。創刊以来、読者に人気がある投稿者さんはアナログが多いです。弊誌は今や、アナログの絵が大量に見られる貴重な媒体かもしれません。ここでしか見られない作品も多く、注目されている面もあります。
投稿はプロへの登竜門
――かつて存在した雑誌「ゲーメスト」「ファンロード」の投稿コーナーは、プロへの登竜門的な一面もありました。「季刊エス」「SS」の投稿者出身のプロ作家もたくさんいますよね。
三芳:例えば、いわた きぬよさん、問七さん、フライさんたちは「季刊エス」「SS」に投稿をされていた作家です。こうした縁の深いイラストレーターの画集を当社は世界に向けて発信しています。各国との販売会社と直接取引し、本気で輸出しているのはうちが唯一だと思います。
――クリエイターにとっても、紙媒体の雑誌に載る魅力は大きいですよね。
天野:形として残るので、雑誌の表紙は記念にもなり、特別感があると聞きます。学生の頃に弊誌を読んでいたと言ってくださる作家さんもいて、表紙になることも、投稿が載ることも特別な意味を感じてもらえるような雑誌を目指しています。
――そういった天野さんのこだわりは誌面に反映されています。紙質も良いですし、印刷も鮮明で美しいですよね。
天野:ビジュアル主体の雑誌なので、やはり絵がきれいに見えるようには工夫しています。私たち編集部内でも、パソコンの画面で色を補正する作業ができる体制があります。「SS」は編集部メンバーですべてデザインをしていますし、エス編集部はデザイン事務所も兼ねています。エスの編集者は、実はほとんどが投稿者出身です。自分でも絵を描き、絵に思い入れが深いからこそ、作家さんの絵を綺麗に見せるための努力は惜しみません。