『いつか死ぬなら絵を売ってから』『葬送のコンチェルト』……漫画ライター・ちゃんめい厳選! 6月のおすすめ新刊漫画
今月発売された新刊の中から、おすすめの作品を紹介する本企画。漫画ライター・ちゃんめいが厳選した、いま読んでおくべき5作品とは?
『いつか死ぬなら絵を売ってから』ぱらり
2023年現在、世界で最も高額で取引された絵画はレオナルド・ダ・ヴィンチの「サルバトール・ムンディ」と言われており、その額なんと4億5000万ドル(約649億円)! アートとはなんて夢のある業界なのだろう......と思うと同時に、つい考えてしまうのだ。アートの価値は誰がいつどうやって決めるのだろうと。アートを生み出すのは他ならぬ作家だが、その価値を高めたり、世界に知らしめるには、パトロンや画廊、美術館……様々なプレーヤーが大きく関わってくる。そんなアート業界のプレーヤーたちの裏側と、アートが大金に化ける瞬間を鮮烈に描いたのが『いつか死ぬなら絵を売ってから』だ。
主人公は、ネットカフェで暮らしながら清掃員として働く一希(かずき)。明日の生活費もままならないほどの貧困生活を送る彼の唯一の趣味は、目に留まった風景や街並みを描くこと。ある日、自分が描いた絵を“買わせてほしい”と名乗り出る妙な青年・透(とおる)と出会ったことで、彼の運命は大きく動き出す。
実はこの透こそが、作家への作品発注および、制作費支援、そして界隈へのコネクションをサポートするパトロンだ。透に見出されたことで、一希の秘められた才能が少しずつ開花していくヒューマンドラマとしての奥深さ。加えて、作家とパトロンがタッグを組むことで、これまで0円だったアートが札束へと変化していく、まるでマネーゲームのような爽快感とスピード感。今までの美術系漫画とはまた一味違う角度で描かれる“アートの裏側”にぜひ触れてみてほしい。
『ダイヤモンドの功罪』平井大橋
ゴッホやベートーヴェン、アインシュタイン.......歴史に名を残してきた天才たちは、伝記はもちろん、映画や小説などのフィクションに至るまで、何かと奇人変人扱いをされてきた。だけど、それは天才なる彼らを理解できぬ凡人たちが、嫉み、嫉み、あるいは畏怖の念からくる偏見によって作り出した姿なのかもしれない。『ダイヤモンドの功罪』を読んでいると、そんな歴史上の天才たちが抱えていたであろう孤独について考えてしまう。
「なんでコーチはあの子を特別扱いするの?」「あんなやついたら練習する意味とかないじゃん」と、運動の才に恵まれすぎた主人公・綾瀬川次郎(あやせがわ じろう)は何をしても周囲から嫉妬を超えて疎まれてしまう、孤高の存在だ。そんな彼は、テニスに体操、水泳と、数々の競技を転々とするが、ある日“みんなで楽しく”がモットーの弱小少年野球チーム・バンビーズを知る。
試合に出れなくても良い、結果が残せなくても良い、ただみんなで楽しく一緒に野球を謳歌する。そんな今まで体験したことのない楽しさ、何よりもチーム全員が自分の味方であると言う状態に「オレは野球だったんだ!」と確信する次郎だったが、彼の類い稀なる才能はやがて全てを崩壊させていく。
次郎の天賦の才を前に、途端に目の色を変える大人たち。そんな大人たちから何かを感じ取ったかのように、次第に劣等感や怒りの眼差しを向け、態度を変化させる仲間たち。でも、次郎にはその何もかもが理解できないのだ。なぜ自分は特別扱いされるのか、仲間たちがみんな去っていくのかと心を傷める........だって、周りが天才だと崇め恐れる次郎の才能は彼にとっては全部当たり前のことだから。
天才は理解されない。いや、したくても凡人には理解できぬ領域に在るのが天才だ。冒頭に挙げた歴史上の天才たちも、その裏には計り知れぬ孤独や葛藤、故の怒りがあったのかもしれない。この後、次郎は全国の強豪たちが集う野球チームへと活躍の場を移すが、果たしてその“ダイヤモンド”の才能が存分に耀く瞬間はくるのだろうか。
『葬送のコンチェルト』韋離若明
『用九商店』や『緑の歌-収集群風-』などを筆頭に近年注目されているのが“台湾マンガ”。日本から近く、旅行地としても人気の高い台湾の文化が垣間見えたり、どこかノスタルジーを感じさせる内容で、幅広い層から支持を集めている。そんな台湾マンガの中から、第14回日本国際漫画賞で最優秀賞を受賞した話題作『送葬協奏曲』の日本語版『葬送のコンチェルト』が刊行された。物語の舞台は台湾の葬儀会社。初めて葬儀師の仕事に触れることになった女子大学生・林初生(リン・チュション)の目線で、生と死の狭間で揺らぐ究極の人間ドラマを描く。台湾版"おくりびと"のような作品だが、国が違えば文化も違うわけで……当然、葬儀文化だって異なるのだ。例えば、台湾の葬儀会社は日本でいう特殊清掃の業務も請け負うこと、また葬儀中に遺族に代わって泣く「孝女白琴」という女性がいたり、遺体が見つからず気持ちの整理がつかない遺族のために行われる「西瓜招魂」という習俗など。細やかな筆致もさることながら、初めて葬儀師の仕事に触れる主人公の目線で描かれるため、一つひとつの葬儀文化の描写や説明がとにかく丁寧。ページをめくるたびにまるで死をめぐる“民俗学の扉”が開かれていくような感覚に陥る。
また、ひょんなことから葬儀師の仕事を始めたチュションだが、実は家族との軋轢や夢への苦悩といった薄暗い感情を心の中に抱えている複雑なキャラクターだ。そんな彼女は葬儀師の仕事を通して生まれて初めて“死”と身近に触れ、死を真正面から考えることになる。死を意識することで彼女が改めて気づいたのは、生きている者だけが享受できる人生の喜び、自身が抱えているような人生の傷み……良悪含めての“生”ならではの特権だった。そんなチュションを通して浮き上がってくる生の特権は異国の地で生きる私たちの胸にも真っ直ぐと突き刺さる。
人生は楽しいことばかりではない。どちらかといえば、困難や辛いことの方がほとんどのような気がするし、全てを投げ出したくなる時だってある。けれど、この人生における傷みさえも生きている証なのだと『葬送のコンチェルト』は教えてくれる。儚くて尊い人生、噛み締めるように歩んでいきたいと読後は思わず背筋が伸びた。