『いつか死ぬなら絵を売ってから』『葬送のコンチェルト』……漫画ライター・ちゃんめい厳選! 6月のおすすめ新刊漫画
『彼女のエレジー』遊園地迷子
ギャグマンガを“ギャグマンガ”たらしめる要素とはなんだろうか? 例えば、秀逸なボケやツッコミが飛び交う会話劇、または登場するだけで面白いユニークなキャラクターなどがあげられる。そういったギャグの要素や感性を事細かに分析しつつ、全く新しいアプローチでギャグマンガのセオリーを切り拓くのが『彼女のエレジー』だ。本作は、長い黒髪をなびかせ、憂いを浮かべた表情の美少女・江萌井哀花(えもい あいか)を中心に展開される。この少女は、秀逸なギャグをかますことも、爆笑必至な顔芸をすることもないが、その代わりとんでもない熱量と真剣さで何気ない日常生活のなかから「面白い」を見つけ出し、事細かに分析する。
というのも、哀花の夢は当代一のギャグマンガ家になることなのだ。そんな夢のために、例えばクラス一面白いと言われているお調子者キャラ・田中さんが下ネタを言った時、生徒会で会議をしている時、大阪からの転校生が渾身のギャグを披露している時........彼女は脳内で怒涛の「面白い」採点&分析を行うなど、日々研鑽を積んでいる。
私たち読者はモノローグという形で彼女の分析に触れるわけだが、まぁまぁ長い分析、そして面白さを追及しすぎるあまり時に友人や自分自身に失望するなど、その様相はまさに悲しみの心を述べた歌.......“エレジー”なのだ。
正直、本作を読んでいると真っ先に襲い掛かってくるのが「いや、この主人公なにしてんだ」というなんだかポカンとした脱力感。だけど、その後にやってくる「下ネタは諸刃の剣!」や「ただ変顔するだけなんて作家がやったら打ち切りレベル!」など思わずうなるようなパワーワード。やがて、思わずニヤリとしてしまうシニカルな笑いにじわじわと侵食され、気付いたらこの世界にどっぷりハマっているのだ。
そして、何より『彼女のエレジー』を読んでいると哀歌に試されているような不思議な気持ちになる。あなたにこの笑いがわかるのか? と。ギャグがお好きな方はぜひ一度この世界に飛び込んでみてほしい。
『クロエマ』海野つなみ
ドラマ化もされ大きな社会現象となった人気漫画『逃げるは恥だが役に立つ』の海野つなみ先生による、10年ぶりの新シリーズ『クロエマ』。本作を読んで一番に感じたのは「どうして私たちは辛いことがあると占いに頼るのだろう」ということだった。一説によると、日本は欧米に比べてカウンセリング文化が盛んではないため、不安を感じるとつい占いに頼りたくなる傾向にあるらしい。その背景には、日本はそもそもケアを受ける、あるいはケアを必要とする人に対して偏見があることや、悩みを言語化する習慣が少ないから.......など、“カウンセリング文化が盛んではない”という言葉で片づけられないほどの課題が眠っている。
『クロエマ』の“エマ”こと江間宵(エマショー)は、同棲して彼に捨てられ、家から追い出され…….頼れる家族もおらず、文字通り路頭に迷った彼女は野宿を決意する。寝床として選んだ場所は『クロエマ』の“クロ”こと占い師・黒江神名(クロエ)の豪邸の入口だった。クロエが占い師だと知ったエマショーはぜひ占ってほしいと彼女に頼み込む。「当たらなくても構いません...希望が欲しいんです」と。
仕事はおろか住む場所、今日明日生きていくためのお金もない。となれば、エマショーが本来頼るべきは占いではなく行政の支援、あるいはそれを受けるための情報のはず。そんな彼女を見ていると冒頭で述べた、つい占いに頼りたくなってしまう現象の切実さを痛いほど実感してしまう。だが、このエマショーのズレを正してくれるのが、他ならぬ占い師のクロエなのだ。彼女の占いはクロニクルカードというまるでタロットカードのような架空の占術を用いて行われる。未来を予言するのではなく、あくまでも暗示。そして、占った後にクロエはエマショーに生活保護の申請方法や窓口でのマニュアル対策といった、彼女の未来を変えるために本当に必要なものを授けるのだ。それも親切心でも同情でもなく「相談料もらったから」と言って。
こうしてひょんなことから出会ったエマショーとクロエだが、この後はクロエの占い業や家事をエマショーが手伝うという形で二人の交流は続く。そんなクロエの占いを頼るのは、エマショーのように見過ごされている貧困に悩む女性のほか、母やママ友といった一人の女性としてのアイデンティティに揺らぐ者、男女の関係に悩む者.........つまり、現代の隔たりを象徴するような者たちだ。そんな現代の隔たりに対しクロエは同情することも、寄り添うことも、ましてや熱いエールを送ることもない。占いで過去や未来への暗示はするものの、最終的にはその隔たりを生んでいるのは何なのか、どう折り合いをつけて生きていくのか。現代の隔たりを淡々と言語化していく方向へと帰結するところが読んでいてなんとも気持ちが良い。そして、その最中では意外とエマショーが活躍したりもする。それは互いの境遇も価値観も、何かも全く異なる......だからこそ見える気づき、隔たりの正体があるのだ。
「立場が弱いと嫌われないよう気を遣う、とはいえ自己主張もしないと生きていけないーー『クロエマ』1話より
エマショーのセリフには、まさに隔たりや歪さの根源を感じるような鋭さに富んでいる。現代社会の隔たりをなくす。それは今すぐに実現することは難しいことかもしれない。けれど、一つひとつ言語化していくことで縮めることはできるのだと。クロエとエマショー、友達でも相棒でもない.......関係性を形容する言葉が見つからないどこまでも平行線な二人が織りなす物語を見て新しい希望を感じた。