『新古書ファイター真吾』『今日、駅で見た可愛い女の子。』……漫画ライター・ちゃんめい厳選! 5月のおすすめ新刊漫画
今月発売された新刊の中から、おすすめの作品を紹介する本企画。漫画ライター・ちゃんめいが厳選した、いま読んでおくべき5作品とは?
『新古書ファイター真吾』大石トロンボ
真吾は本が大好き。だけど、本に関わるあれこれを「選書・購入検討・購入・読む」の4つの工程に分けるとするなら、彼は購入検討に情熱を燃やすちょっと異色なタイプ。ただお目当ての本を購入するのではなく、あえて「BOOK OFF(ブックオフ)」のような新古書店を主戦場とし、戦略を立てて、価格や棚の変動を鑑みて買い時を判断する。まるで宝探し、いやオークションを楽しむかのように新古書店を堪能するのだ。本作では真吾の他にも、思い出の本を探し求める者、せどり目的の者…..そんな“古本戦士”たちが登場し、それぞれの戦いをコミカルに描いている。本作のテーマとして描かれている新古書店だが、特に作家や編集者においては、正直「新古書店が好きです!」と公言している方はそこまで多くはないと思う。なぜなら、新古書店で本を購入しても出版社、及び作家のところには利益がビタ一文も入らない。絶版本ならまだしも、新作を新古書店で購入する人ばかりになってしまうと、作家は創作活動はもちろん生活もままならなくなる........というわけで、作家や創作を愛する者の立場からすると敵視される存在でもあるからだ。そんな新古書店を漫画のテーマに選んだ大石トロンボ先生はだいぶ攻めていらっしゃる、というのが本書を手に取った時の感想。けれど、読み進めていくたびに作者の原体験に基づくブックオフへの偏愛ワールドにただただ圧倒される。
例えば、20%オフセールまで購入をあえて焦らしたり、お目当ての本が100円棚へと移動した瞬間の感激。そして、綺麗に値札を剥がす方法などヘビーユーザーならではの目線で描かれるあるあるやトリビアネタ.......そんな新しい発見にワクワクが止まらない。中でも私が一番好きなシーンはカリスマせどりガール・ユキが、せどりではなく完全なる趣味目的でブックオフを訪れた時の話。彼女は文庫均一棚を「文庫棚のロンド」と評し、棚いっぱいに並んだ文庫本との出会いをじっくりと堪能する。華やかなポップもレコメンドの札もなく、有名な文豪から新進気鋭の作家まで、等しく五十音順で並べられた世界。価格帯もさることながら、作品との出合いという面でも読者に均等に開かれたあの不思議な空間。自分の古い記憶の中にある、新古書店だから出合えた運命の一冊が蘇った瞬間だった。
作り手、そしてそれを享受するもの。立場が変われば新古書店へのイメージや抱く想いは全く異なるし、それらは決して並列で議論できるものではないと思う。だが、『新古書ファイター真吾』は作り手である大石トロンボ先生が、享受するものの目線でどこまでも真摯に描き、そして“ギャグ漫画”として昇華させているといった点で非常に画期的な作品だと感じた。
『今日、駅で見た可愛い女の子。』さかなこうじ
スイマー、プロフ帳、シールブック、フェルナンダのフレグランス........と聞いて、ピンときた人は全員大集合な『今日、駅で見た可愛い女の子。』。アラフォーのサラリーマン・亀山は、毎朝駅で見かける可愛い女子高生が気になって、いや、女子高生自身ではなく“彼女が身につけているもの”が気になって仕方がない。あのさらさらヘアを作るのはミルボンか?! と考察したり、またある時はカバンから取り出したスイマーやシールブックといった、女子ならではの懐かしのカワイイアイテムの観察が止まらない。亀山が女子高生と思っているだけで、本当はカワイイものが大好きな男子高校生だったり、またこの2人が直接関わり合うこともなく、読者はひたすら亀山のカワイイへの考察(しかも心の声)を聞かされるだけという新感覚なコメディ作品。そんな本作の魅力であり、なんともユニークなところが、亀山の“カワイイへの解像度の高さ”。なぜそのアイテムがカワイイのか、どんな点が素晴らしいのかと、まるで読者の脳内に早口で語りかけてくるかのような熱量の高いモノローグは、読んでいるとこちら側のテンションも自然と上がってくるし「わかる!」と赤べこのごとく頷きたくなる。
懐かしのアイテムから令和ならではのアイテムまで。たくさんのカワイイについてじっくり想いを馳せる本作。前向きなエネルギーがチャージされるから、何かと疲れが溜まりがちな今の時期にぜひおすすめしたい。
『わたしの夢が覚めるまで』ながしまひろみ
どうして人は夢に暗示や予知能力を期待してしまうのだろうか。つい先日も、歯が全部抜けるというなんともショッキングな夢を見たのだが、起床してすぐに「歯が抜ける夢 意味」と検索してしまったものだ。(諸説あるが身辺に心配事やトラブルの凶事が起こる暗示らしい、つらい。)そんな夢に対して何かを期待してしまったり、一喜一憂したことがある方にぜひ読んでいただきたいのが『わたしの夢が覚めるまで』だ。主人公は、38歳、一人暮らしの会社員“その”。彼女の近頃の悩みは眠りが浅いこと。ある日を境に夜中の3時ぴったりに目を覚ますようになった彼女は、浅い眠りのなかで見た夢を振り返るのだが、夢に登場する知人や家族の言葉や行動は何かの暗示のよう。そして、そのは夢を巡り色々なことに想いを馳せるようになる。例えば、ふとした瞬間に感じる日常の孤独や将来のこと、そして昔亡くなった大好きな叔母が歩んだ人生......。
果たして夢にどんな意味があったのかなんて正確な答えは誰にもわからない。けれど、時に夢に翻弄され、励まされながらも、人生の選択を最終的に“自分”で選択していくそのの姿を見ていると優しく励まされる。どんな夢を見ようが、自分の人生を形作るのは他ならぬ自分。先日歯が抜ける夢をみた自分に、本当にトラブルが起きるのかどうかわからないけれど、それならいつもより少し入念に準備をして、恐れず今日も出かけようと思う。
『かわいすぎる人よ!』綿野マイコ
今から8年ほど前。とあるアーティストのライブに行った際にMCで聞いた「愛とは想像力だ」という言葉がずっと心に残っている。自分以外の誰かのことを想像してあげる力.......それこそが愛なのではないか?という考えなのだが、まさにこの考えを体現したような作品が『かわいすぎる人よ!』だと思う。主人公は、外見に自信がない少女・メイ。そんな彼女は自分とは似ていない容姿端麗な叔父さんと暮らしている。メイは誰もが振り向くような容姿を持つ叔父さんをうらやましく思い、一方で叔父さんはメイが一番かわいいと言う......そんな“似てない2人”が織りなす同居生活を描いた本作だが、このメイという少女がとにかく愛に溢れた人なのだ。
だけど、彼女の愛は決して家族だから愛そうといった義務感や、博愛主義からくるものではなく、冒頭で話した“想像力”からくるもの。例えば、叔父さんにラブレターを渡してきた少々失礼な女性に対しても「手紙ちゃんと読んでお返事書いてね」とメイはいう。「緊張してたよ 一生懸命書いたと思う」と付け加えて。そんなメイを叔父さんはたまらなく愛おしく、かわいいと思う。
メイの愛は、叔父さんとの同居生活以外にも、学校生活でふとした瞬間に起きる衝突をも優しく抱きしめ、濁った感情をそっと溶かしてくれる。奇しくも自分と同じ名前の少女が登場する本作だが、私も彼女のような愛を、想像力を持ち合わせる人間でありたいと思い心から憧れてしまった。
『クオーツの王国』BOMHAT
なんだかすごい作品と出合ってしまった.......と放心した作品。物語の舞台は天使、悪魔に二分されている世界。天使たちが棲まう国は“クオーツ王国”と呼ばれ、国を統べる女神の意思に従い、国を悪魔から守る英雄として鍛錬を積んでいる。主人公は、そんなクオーツ王国で黒い翼をもって生まれた孤児のブルー。女神に仕える天使になる日を夢見ていたが、ある日突然教会に悪魔が襲い掛かり彼女の平和な日常は崩れ去る。黒い翼を持って生まれた少女が秘める力。彼女は王国を救う天使か、または世界を破滅に導く悪魔か?.......天使と悪魔というシンプルな設定ながら、ブルーに襲い掛かる残酷な展開や課せられた宿命は、まだ1巻ながら読者に重く響く。そしてなんといっても注目したいのは、カナダ出身の作者・BOMHAT先生によって描かれるクオーツ王国の世界観。おとぎ話を読んでいるかのような美しさと、神話を彷彿とさせる緻密な設定.......言葉で説明するのではなく、絵で魅せてくるそれらの描写は、まるで遠い昔に神々の間でこんな戦いがあったのではないかと思わず空を見上げたくなる。
日常を忘れさせてくれるほど重厚なストーリーと緻密な世界観。ぜひ『クオーツの王国』の世界に没入してみてはいかがだろうか。