『ガンダム 水星の魔女』ノベライズ第2巻で惨劇への伏線を再発見 スレッタ役声優の演技プランも分かる一冊

小説『水星の魔女』第2巻レビュー

 TVアニメ『機動戦士ガンダム 水星の魔女』のノベライズに6月26日、待望の第2巻『小説 機動戦士ガンダム 水星の魔女 2』(高島雄哉、[原作]矢立肇・富野由悠季、KADOKAWA)が登場。アニメの中でクライマックスに向けて描かれていく惨劇の芽が感じ取れて、毎週の展開が楽しかった頃を思い出しつつ、作品の底知れなさを再確認できる。

 学園物で恋愛物で、百合めいた要素もありコミカルな描写もいっぱいあってと、これまでとは違った「ガンダム」なのかもと思わせた『機動戦士ガンダム 水星の魔女』。程なく企業間の熾烈な競争や、宇宙と地球との間にある格差といったシリアスな要素を見せるようになったが、アスティカシア学園に通う生徒たちが、モビルスーツを使って決闘をするという良い意味でのバカバカしさは保たれていた。

 ノベライズ第1巻に収録の#3「グエルのプライド」に描かれる、グエル・ジェタークがスレッタ・マーキュリーにプロポーズした直後の反応は、スレッタがミオリネ・レンブランの婚約者になって百合めいた雰囲気が漂い始めた状況に、第3者が割って入って奇妙な三角関係が始まるのかとワクワクさせた。そんなキャッキャとした空気が第2巻に入って変わり始める。

 #4「みえない地雷」はまだ、スレッタがいじめにあって課題をクリアできずにいて、泣きわめくあたりに青春ドラマらしさがあった。スペーシアンから差別されていた地球寮の面々に親しみを持たれ、誘われたことで後の「株式会社ガンダム」設立に繋がっていくという意味から、ターニングポイントとなるエピソードでもあった。モビルスーツの視界をふさがれた状況で、地雷原を踏破する課題にスレッタとミオリネが挑んだことも、クライマックスでの展開に向けた伏線だったのかもしれない。

 そうした伏線を仕込みながらも、まだ抑え気味だったシリアスな世界との関係性が、#5「氷の瞳に映るのは」でグンと浮上してくる。まずエラン・ケレス。ベネリットグループのペイル社から推薦を受けてアスティカシア学園にやって来た彼は、貴公子然とした立ち居振る舞いでスレッタの気を引くが、スレッタが持ち込んだエアリアルというモビルスーツのコクピットに座って何かを感じたらしい。直後に豹変してスレッタを拒絶するようになる。

 エランが普通の人間ではなさそうなことや、エアリアルが普通のモビルスーツではなさそうなことが浮かんできて、そのエアリアルを操るスレッタもまた普通ではない可能性も見えてくる。あるいはプロスペラ・マーキュリー。母親としてスレッタをアスティカシア学園に送り込み、いろいろと学ばせようとした優しい母親といった仮面の下で、いろいろと策謀を巡らせているヤバい人間性が見えてくる。

 そうした闇が、#6「鬱陶しい歌」で一気に広がって作品世界を侵食する。優しかったエランが挑みかかってくるほどに変わってしまった理由。それが「GUND」というテクノロジーにつきまとう呪いだと判明する。モビルスーツの性能を段違いに高められる技術でありながら、使おうとする人間の命を引き替えに奪っていく。だからこそミオリネの父親で、ベネリットグループを率いるデリング・レンブランは「GUND」を禁じた。

 ところが、ペイル社はエランを使ってこっそりと実験を繰り返してた。果てにたどり着いた悲劇的なシーンは、「ハッピーバースデー」という祝いの歌を呪いの言葉に変えてしまった。耳にするたびに、アニメで描かれた悲痛な状況が思い出されて心が苦しくなる。エラン・ケレスを名乗る少年がその後も登場して物語に絡む状況も、利益を追い求める企業や権力にこだわる大人によって動かされている社会の厳しさと醜さを、強く突きつけて嫌悪感を誘う。

 家族だけは、大人であっても子供を愛し守ってくれる存在のはずだ。そうした希望ですらプロスペラによって塞がれる。プロスペラの正体が、21年前にヴァナディース機関で「GUND-ARM」の開発に携わっていたところを襲撃され、夫を失ったエルノラ・サマヤらしいことが、#05「鬱陶しい歌」の中で見えてくる。そこでスレッタがまだ17才という状況が、彼女の存在への懐疑を投げかける。

 スレッタは本当にプロスペラの娘なのか。#5「鬱陶しい歌」の中でプロスペラが誰かと通信しながら「大丈夫、エアリアルは勝つわ。私のかわいい娘だもの」と話す言葉を深読みすれば、エアリアルこそが自分の娘だと言っているようにもとれる。#7「シャル・ウィ・ガンダム?」でスレッタを横に置き、ミオリネに「あなたになら安心して、うちの娘たちを任せられますわ」と告げる言葉も同様に、エアリアルを機械以上の何かと捉えている節がある。

 そうした態度が、後にプロスペラをどのような行動に向かわせたかを、TVアニメの展開で知っている人が小説版を読み返すことで、キャラクターたちの立ち位置と心情が、しっかりと作り込まれていた作品だと思えるはずだ。小説版から入った人については、物語世界の苛烈さには薄々感づき始めているものの、#7「シャル・ウィ・ガンダム?」での「株式会社ガンダム」設立という突拍子もない展開を、笑っていられるところはまだある。

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