東京創元社 編集者が明かす、傑作海外ミステリーの見つけ方 「言語化できる強い魅力がある作品を選ぶ」
翻訳小説は気軽に非日常感を味わえる
——話題作ということで『カササギ殺人事件』(2018年)以降非常に注目されるようになったアンソニー・ホロヴィッツについてもお聞きしたいと思います。日本では、伏線の提示と論理的な謎解きをきちんとやる、いわゆる本格ミステリと呼ばれる作品が非常に好まれるのですが、そういう嗜好にここまでぴったり合う海外作家はあまりいなかったと思います。この作家はどういう経緯で出すことになったのでしょうか。
佐々木:担当編集者が海外の書評か何かで『カササギ殺人事件』に興味を持って、エージェントに原書を検討したいとリクエストを出したのがきっかけでした。編集者主導で見つけた作品です。
——ホロヴィッツって向こうで今どのぐらいの位置づけの作家なんでしょうか。
佐々木:例えば、エリー・グリフィスの作品は本国で「ホロヴィッツが好きな人はぜひ」と紹介されています。フーダニットの要素のある作品に関連して、真っ先に名前の挙がる作家だと思います。脚本家としても有名なので、非常に存在感があります。また、論理的な謎解き要素のあるミステリーを書く作家は海外では少なくなっているので、同じような作風の作家を探してもなかなか見つかりません。そのような理由から、本国でもすごく評価されています。
小林:クリスティっぽさが流行ってるのも一つの理由ではありますね。
佐々木:クローズドサークルもの以外でも、クリスティらしさのある作品は人気ですね。コロナの影響があるかもしれませんが、一時期の「辛い、重い、暗い」というミステリーの流行から、少し軽めのものが読まれるようになっています。殺人が起きてもそこまで深刻にならない。「コーヒーを飲みながら楽しく読める」みたいなタイプの作品が売れているようです。
——いわゆるコージーですね。
佐々木:そうです。ただ、エージェントからもよく紹介されるのですが、ミステリーとしてのおもしろさと「これは絶対読んでもらいたい」と感じられる力強さというのを兼ね備えている作品を見つけるのは難しいです。
——2022年の話題作でもう一つ。リチャード・ラングの犯罪小説集『彼女は水曜日に死んだ』はさっきのお話に出ていたジャンルにとらわれない作品の一例だと思います。これはどのように発見された作家なんでしょうか。佐々木:私が編集を担当しました。翻訳者の吉野弘人先生が同著者の別作品の翻訳企画を持ち込んでくださったんです。その作品は弊社としてはジャンル的に売り方が難しい印象で、残念ながらその際は企画につながりませんでした。ただ、調べてみたらラングには短篇集もあって、CWA(英国推理作家協会)の最優秀短篇賞も獲っていたので、気になっていました。その後、吉野先生が『彼女は水曜日に死んだ』を持ち込んでくださって、ぜひ刊行したいということになりました。文芸作品でもあり、犯罪を扱ったミステリーとしても読めるということで、単行本形式で出しました。
——これから翻訳小説を読まれる方に、楽しむためのコツみたいなものがあったら教えていただけないでしょうか。以前同じ話を有栖川有栖さんとしたときに、「登場人物の名前が憶えられない人は最初の一文字で憶えればいい」とおっしゃっていたんですよね。
小林:それはすごくいいアイディアだと思います。
——同じ頭文字の人が出てきたら次の一文字を憶えて。「ジョナサン」と「ジョアンナ」だったら「ジョナ」「ジョア」でいいんですよね(笑)。
佐々木:本当に「名前は憶えなくてもいい」ぐらいの気軽な感じで手に取っていただきたいです。そう言う意味では短篇集は、お試し感があっていいと思います。「寝る前に一篇だけ読んでみよう」みたいなこともできますしね。
小林:海外のお話はイメージしにくい、みたいな声もよく聞くんですけど、今はネット検索が可能な時代なのでいくらでも調べられます。舞台になる場所の風景だってYouTubeなんかでも見られるのですから、「なるほど、こういうところか」というのがわかるとイメージは膨らむと思うんです。
佐々木:今はまたコロナの状況もよくなってきて海外に行けるようになってきましたが、翻訳小説は気軽に非日常感を味わえると思いますのでお薦めです。
小林:特に殺人はね、非日常であってほしいものですね(笑)。