打率よりOPS? 勝ち星よりFIP? 進化著しい「データ分析」からみる野球の面白さ(打撃編)
現状唯一、世界最大規模のプロ野球リーグ・MLB(メジャリーグベースボール)の選手が参加できる国際大会、WBC(ワールドベースボールクラシック)が佳境を迎えている。
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特にラテンアメリカ諸国の盛り上がりは相当なもののようで、1次ラウンド・プールD第4戦のドミニカ共和国×プエルトリコ戦はプエルトリコ地域内で視聴率61%(!)を叩きだしたとのことだ。(※プエルトリコは国では無くアメリカの自治連邦区)
日本でも東京ラウンドは準々決勝の日本×イタリア戦が平均世帯視聴率48・0%を記録している。
進化中のJリーグ(サッカー)、Bリーグ(バスケ)に追走されているNPB(プロ野球)だが、野球人気はまだまだ根強いようだ。
さて、ところで、なのだが。
近年はスポーツ中継が多様化している。
以前は地上波一択だったが、昨年(2022年)のサッカーワールドカップカタール大会は日本戦以外のゲームだと、地上波では放送されていないものがあり、筆者はインターネットTVプラットフォームのABEMAにかなりお世話になった。
今回のWBCもCSのJSPORTSが全試合中継し、インターネット配信のAmazon Prime Videoが日本戦と準決勝以降の全試合を配信している。
日本戦は地上波でも中継されていたが、Amazon Prime Videoが配信する情報の方が筆者には興味深く、途中で配信での視聴に切り替えた。
地上波と配信の違いを挙げていくと諸々あるのだが、Amazon Prime Videoはデータ分析の専門家を常駐させており、データを取り上げていたことが大きい。
今回は、地上波が取り上げず、配信が取り上げた「野球とデータ分析」について綴りたいと思う。
■選手のどの成績を評価する? ビリー・ビーンとセイバーメトリクスとビッグボール作戦
マイケル・ルイス(著)『マネー・ボール 奇跡のチームをつくった男』は「選手のどの成績を評価するか?」についてデータ分析を取り入れた最も有名な例だろう。
MLBの老舗球団オークランド・アスレチックスの元GM(ゼネラルマネージャー。チーム編成の最高責任者)で、現在は上級副社長のビリー・ビーンを追いかけた同書はベストセラーになり映画化もされた。
映画もかなりの評判になり、ビーンを演じたブラッド・ピットは第84回アカデミー賞の主演男優賞候補になっている。
アスレチックスはMLBでも有数の貧乏球団だ。100年を越える歴史を持つ老舗球団であり、かつてはスター選手を揃えていたことがあった。リッキー・ヘンダーソン、マーク・マグワイア、ホセ・カンセコなどが在籍した1991年当時のアスレチックスは総年俸がMLBで最も高額なチームだった。
ところが1995年に当時のオーナーが死去すると状況が大きく変わる。
当時のGMだったサンディ・アルダーソンにオーナーが求めたのは「運営費の削減」だった。
アルダーソンは金をかけずにチームを強くする方法を考えた。
行きついたのが「セイバーメトリクス」だ。
セイバーメトリクスとは、アマチュア野球研究者のビル・ジェームズが考案した野球のデータを統計学的見地から客観的に分析し、選手の評価や戦略を考える分析手法だ。アルダーソンは野球ジャーナリストのエリック・ウォーカーに「チームはどの部分に金をかけるべきなのか?」をまとめさせたが、ウォーカーはセイバーメトリクス創始者であるジェームズが自費出版した冊子を元に意見をまとめている。
チームビルドの手法を発展させたのはビーンだが、ビーンは基本的にアルダーソンの方針を受け継いでいる。
その手法でとりわけ重視されたのが打撃――特に「長打率」と「出塁率」だ。
Twitter上で有名になり、データ分析の優れた論客として活躍するお股ニキ氏は自身の著書『セイバーメトリクスの落とし穴~マネー・ボールを超える野球論~』で野球を「すごろく」に例えているが、これは言い得て妙な例えで、長打の重要性を説明する上でもわかりやすい。
すごろく的に表現するなら野球は「マスを4つ進める」ことで得点を取ることができる。
シングルヒットならば進めるマスは一つだが、ホームランなら一気に4つだ。
打率は決して無意味ではないが、不完全な指標だ。
シングルヒットもホームランも「ヒット1本」として等価に扱ってしまうためだ。
実際のところ同じ10打数3安打、打率3割の選手でも、3安打がすべてシングルヒットの選手より3本すべてが長打の選手の方が価値は高い。
10打数3安打、打率3割でもシングルヒット三本の選手と、10打数1安打、打率1割でもホームランを打った選手ならば、それぞれ進めたマス目の数3と4なので、少なくとも得点効率は後者の方が上である。
出塁率が高い――言い換えると「四球をよく選ぶ」これも重要だ。
四球をよく選ぶ選手を重視することにはビーンなりの野球観がよく表れている。
それは「27個のアウトを取られるまで終わらないスポーツ」と野球を定義づけたことだ。
四球はヒットと違いオーバーランなどの走塁ミスによってアウトになることが無い。
塁上にランナーがいた場合でも、(塁が詰まっていれば)そのまま次の塁に自動的に進めるので、先の塁を狙ったランナーが果敢な走塁の結果アウトになることも無い。
最もアウトになる確率が低いプレーである。
送りバントはアウトを一つ献上してしまうのでしない。
盗塁はリスキーすぎるのでしない。
四球で出塁し、塁上に出たらバントも盗塁もせず次打者の長打で生還する。
なんともつまらない作戦(何もしていないの作戦と言うのも少々語弊があるが)だが、統計学上、この方法が最も得点効率がいいのだ。
これをバントや小技などを多用する「スモールボール」と対照し、「ビッグボール」と呼ぶ。
2000年代初頭当時のMLBでこの二つの指標はあまり重要視されていなかった。
高打率の選手を雇うには高給が必要だったが、打率がさほど高く無い割に出塁率は高いタイプの選手を雇うのは比較的安く済んだ。
侍ジャパンに招集され、リードオフマンを任されているラーズ・ヌートバーはこのタイプである。
ヌートバーは2022年シーズン、108試合で打率は.228に過ぎなかったが出塁率は.340あった。
出塁率から打率を引いた指標をIsoDというが、ヌートバーのIsoDはリーグでもトップクラスだった。
まだ若手のヌートバーの年俸は下の方だが、一定以上の長打力もあり、この調子で行けば近く高給取りになることだろう。
結局、このチームビルド方針の有効性はビーンが身を以て証明した。
映画『マネーボール』はアスレチックスの2001年、2002年シーズンを舞台にしているが、アスレチックスはリーグ最低クラスの総年俸ながら2年連続でシーズン100勝の快挙を成し遂げている。(資金力のあるチームが追ってビーンの真似をしたため一時期、アスレチックスは低迷したのだが)
その結果、現在のMLBでは「OPS」という指標が幅を利かせている。
OPSは出塁率と長打率を足しただけの簡単な指標だが、有用性は非常に高く、チーム打率よりもチームOPSの方がチーム得点数との相関関係が強いことがわかっている。
今ではアメリカの野球中継で旧来の打率、本塁打、打点の打撃3部門に加えて当たり前のようにOPSが表示されている。
残念ながら日本のスポーツ番組ではMLBを取り上げるワースポMLBぐらいしか取り上げていないが。
ところでセイバーメトリクスはいかにも机上で考えたような代物だが、それもそのはずで創始者であるビル・ジェームズは野球経験がない。採用したアルダーソンも弁護士出身で野球経験は無い。経験が無いからこそ先入観を排して臨むことが出来たのだろう。それを短期間とはいえMLBでの選手経験があるビーンが採用したのだから、ビーンの思考の柔軟さには驚きだ。
なお、現在のMLB各球団のGMは野球経験の無い人物の方が圧倒的に多い。マイアミ・マーリンズのGMキム・アングは何と女性だ。もちろん野球経験はない。