ジャニーズ・アイドル×現代文学の魅力 嵐、A.B.C-Zをモチーフにした阿部和重の短編
ロシア情勢、北朝鮮の最高指導者、イーロン・マスク、そして、ジャニーズのアイドルたちーー。政治、経済、カルチャーなど様々な事象を素材にし、エンタメ性と文学性を併せ持った小説へと変換。新作短編集『Ultimate Edition』(河出書房新社)で阿部和重は、作家としての特異なスタンスをさらに突き詰めてみせた。
自身の故郷・山形県東根市神町(じんまち)を舞台にした3部作『シンセミア』(2003年)『ピストルズ』(2010年)『Orga(ni)sm[オーガ(ニ)ズム]』(2019年)、そして、売れない映画監督と北朝鮮からの女性密使を軸にした『ブラック・チェンバー・ミュージック』(2021年)と話題作を発表し続けている阿部和重。新作『Ultimate Edition』は、『Deluxe Edition(でらっくすえでぃしょん)』(2013年)以来、約10年ぶりとなる短編集だ。
「Hunters And Collectors」(ドイツのバンド“CAN”の楽曲)、「There’s A Riot Goin‘On」(アメリカのバンド“スライ&ザ・ファミリーストーン”の楽曲)など実存する楽曲名を収録作の題名にした本作。登場するのは、ロシアの特殊工作員、オレオレ詐欺の受け子、テロを起こそうとする若者など、いまの社会の問題や構造を反映した人物たち。リアルとフィクションが交差するストーリーは、本当にスリリングだ。
ここで紹介したいのは、“嵐”そして“A.B.C-Z”をモチーフにした2編。
まずは“嵐”を題材にした「Sound Chaser」(イギリスのバンド“Yes”の楽曲)。初出は、朝日新聞2014年1月1日付の広告特集「もう一人の嵐たち」。嵐のメンバーをモチーフにした小説を5名の作家が書くという企画で、阿部のほか、伊坂幸太郎、平野啓一郎、川上未映子、山崎ナオコーラが参加。阿部は“大野智”を担当した(原題は「追跡者」)。
「Sound Chaser」の主人公は“智”。「怪物を追いかけるのが、彼の仕事だ」という書き出しもそうだが、大野の活動を想起させる言葉がちりばめられている(一応説明しておくと、大野はドラマ版・映画版の「怪物くん」に主演している)。“智”の職業は、ストームチェイサー。主にアメリカで竜巻を追跡し、映像に記録する仕事であり、“竜巻”はもちろん“嵐”に通じている。“智”がなぜ、ストームチェイサーという変わった職業を選んだのか、どんな活躍をしたのかを描きながら、気候変動やメディアの問題なども反映させたショートショートだ。
「Watchword」(Philip Michaelのピアノ曲)は雑誌『ダ・ヴィンチ』2016年4月号「書き下ろしA.B.C‐Z小説」のために書かれた作品。A.B.C-Zの戸塚祥太が『ダ・ヴィンチ』で連載していたエッセイが書籍になることを記念した特集号に掲載された。
「Watchword」の舞台は、人間がゾンビと戦っている世界。主人公の“ショウタ”は大型バスに身を隠している孤児たちを守っている“リョウイチ”を助けるために、“砦”と呼ばれるコミューンに単身乗り込む。椅子に縛られ、こめかみに銃口を突き付けられながらも、リーダーの“フミト”と交渉するーーというストーリーだ。A.B.C-Zのメンバー全員が登場し、それぞれに見合った役割を担っているのも本作の読みどころだろう。
この2編は発表直後から、SNSでも大きな反響を集めた。「Sound Chaser」には「阿部和重×大野智の話にしびれた。さながら阿部和重の最新短編集『Deluxe Edition』のボーナストラックのよう」「一見専門的で硬い文章に見せながら、散りばめられたワードにニヤリとさせられる面白さで、オチも小気味良い」、そして、「Watchword」には「荒廃した世界、生きる事と仲間を信じる事の狭間で葛藤する若者達。少しづつ紐解かれる真実にドキドキするし、最後の一言にまんまとやられました」「設定から何か何まで最高...あーこれ、あー手元に残せるの最高だわ えび座いつかこれでやって」(“えび座”はA.B.C-Zが座長をつとめる公演“ABC座”のこと)といったコメントが寄せられている。
“ジャニーズ・アイドル×現代文学を代表する作家”のコラボレーションから、本作「Ultimate Edition」に興味を持つ人も多いはず。驚くような変化を続ける社会の状況を反映し、爆発的なエンタメ性とシリアスな情報を兼ね備えた“フィクション”の世界に浸ってみてほしい。