『チェンソーマン』は現実と戦う漫画だーージャンプ大好き評論家3名が「第二部」を語り尽くす

『タコピーの原罪』『ボボボーボ・ボーボボ』を踏襲したパロディ

岡島:「ジャンプ+」や「週刊少年ジャンプ」のエロ・グロ表現ってどこまでがセーフなんですかね? 

倉本:第二部では顔を引き裂くわ、人の体に色々突き刺さるわ……。

岡島:顔を引き裂かれるだけじゃなくて、腸みたいなものも出ていましたよね。

成馬:『チェンソーマン』は、物理的な暴力描写がどんどんひどくなっていきますからね(笑)。腸が出たり血が飛び散るみたいなのは、80年代のホラー映画の様式をなぞっているように感じがします。グロ表現以外だと、第二部の1話では、最初に『タコピーの原罪』(タイザン5)と思わせながら、やっていることは『100日後に死ぬワニ』(きくちゆうき)や映画「ブタがいた教室」のパロディになっている。最近の作品のパロディが多いなという印象を感じました。

岡島:これは、藤本タツキ先生や担当編集者の林士平さんのインタビューで知ったのですが、上京前に担当編集の林士平さんが、「これを読んで! 観て!」ってたくさんのマンガや小説、DVDを送っていたそうなんです。他にも、地元のレンタルビデオ屋でビデオを借りたり、マンガ家仲間で映画をオススメし合ったり。『チェンソーマン 第一部』『ルックバック』『さよなら絵梨』などの作品を経て、そうした青春期にインプットした過去作の貯金が段々と尽きてきて、近年発表された作品の要素を取り入れるようになったのかなと思いました。

成馬:あと、田中脊椎剣の元ネタは『ボボボーボ・ボーボボ』(澤井啓夫)みたいですね。

倉本:みんな『ボボボーボ・ボーボボ』好きですよね。『呪術廻戦』(芥見下々)もあらゆる場面に『ボボボーボ・ボーボボ』のオマージュがちりばめられていますが、ギャグではなくすごくかっこよくてシリアスな、戦慄するようなシーンになっているのが本当にすごい(笑)。

今の「週刊少年ジャンプ」を読んで

倉本:『チェンソーマン 第二部』は「少年ジャンプ+」での連載となりましたが、最近の「週刊少年ジャンプ」本誌のほうはみなさんどう読んでいましたか?

成馬:『僕のヒーローアカデミア』(堀越耕平)がクライマックス間近ですし、『ブラッククローバー』(田畠裕基)も最終章で、ジャンプを支える長編連載がどんどん最終回を迎えている。『ONE PIECE』(尾田栄一郎)は別格として、後は『呪術廻戦』が残ってるくらい。

倉本:“学園マンガの雄”こと『SKET DANCE』の篠原健太先生の新作『ウィッチウォッチ』もありますよ!

岡島:『ウィッチウォッチ』良いですよね。デニムの蘊蓄をマニアックに語る回は“ポストこち亀”感がある。

成馬:『ウィッチウォッチ』は安定感ありますね。少し前まで「少年ジャンプ」には、『チェンソーマン 第一部』はもちろん、『約束のネバーランド』(白井カイウ、出水ぽすか)や『鬼滅の刃』(吾峠呼世晴)があって、ストーリーマンガの全盛期だったと思うんです。それ以降は、『高校生家族』(仲間りょう)、『僕とロボコ』(宮崎周平)、『破壊神マグちゃん』(上木敬)といった日常に寄り添ったギャグマンガが増えてきている。話題になった『ルリドラゴン』(眞藤雅興)もギャグではないですが日常系の話ですよね。ストーリーマンガでエッジの利いた新しい大作が減りつつある気がします。

岡島:「週刊少年ジャンプ」で打ち切られる作品の理由として、単に人気がないから、というだけでなく、新しい連載を入れる枠を空けるため……ということもあるのかなと思います。新しい連載候補作がないから、打ち切られずに続いている作品もありそうですよね。

成馬:「ジャンプ+」の影響も多少あるんじゃないかなと。「週刊少年ジャンプ」における競争原理が、もう働かなくなりつつあるのかもしれない。

岡島:「ジャンプ+」は「週刊少年ジャンプ」的ではない、例えば「アフタヌーン」とか「ガロ」とか、他のコミック誌のテイストを感じさせるような、新しい要素のある作品を積極的に取り入れようとしていますよね。

成馬:あとは『あかね噺』(末永裕樹 / 馬上鷹将)が話題ですよね。単行本第一巻では、尾田栄一郎先生、第2巻で庵野秀明さんがコメントを寄せたことも話題になりました。

倉本:今、大学でサブカルチャーの授業を受け持っているんですけど、その授業で『あかね噺』を教材に使いました。すごく便利です。教養マンガとしての性格と王道の成長ストーリーのバランスがいい。

成馬:個人的には『SAKAMOTO DAYS』(鈴木祐斗)が好きです。今のところ、ストーリー漫画として面白いというよりは、アクションの見せ方がめちゃくちゃ面白いという評価ですが、今後『呪術廻戦』に続く看板作品になるのではと、期待しています。

倉本:『逃げ上手の若君』(松井優征)も評価が高いですよね。歴史物ですが、途中から読んだ人でも一話ごとに楽しめるように作ってある。

成馬:以前、松井優征先生が以前インタビューで「防御力をつければ勝率も上がる」という話をされていたのですが、読者に驚きを与えつつもいかに脱落させないようにわかりやすく読ませるかについて、すごく考えたと明かされていたんです。でも、松井先生の漫画って時々、「え?」って驚くような少年漫画を逸脱した表現が入るんですよね(笑)。時代が戦乱の世だから仕方ないとは思うのですが、10歳くらいの子供が笑顔で武将の首とかを平気ではねる。リアリティを追求しようとすると、サイコパス味があがるというか……。純粋無垢な少年を描いた結果、怪物的存在になってくる。

岡島:そもそも『HUNTER×HUNTER』(冨樫義博)のゴンや『ドラゴンボール』(鳥山明)の孫悟空がそうでした。ジャンプの王道主人公の思想を突き詰めると、“サイコパス”に着地せざるをえないんですよね(笑)。ゴンは善悪に無頓着に物事を判断するし、強者に出会うと首筋のあたりがゾクッとする。悟空は「地球が滅ぶ可能性があっても強いやつと戦いたい」という考え方だし、「殺されたみんなや破壊された地上はドラゴンボールでもとにもどれるんだ 気にすんな」なんてことを言ったりする。

成馬:戦闘ジャンキーですよね。

岡島:今は昔のマンガと違って、ストーリーやキャラクターに精密さを求められるじゃないですか。だから、王道的な正義感を持つキャラクターの考え方に整合性を持たせようとすると、狂気を孕んだやつにしかならないということですよね。昔は単に「正義の味方だから」で通用したものが、今はそれでは世の中が納得しない。で、主人公が戦うことの理由づけをしようとすると、「戦闘が好きだから」というバトルマニアになったり、ヒロアカの初期のデクみたいに人々を救うために身体欠損しようがどうなろうが全く自己犠牲を厭わない性格になったり……。『チェンソーマン』の場合は、例えばデンジは「おっぱいを揉みたい」「モテたい」という理由でチェンソーマンになって戦うんですよね。単純ではありつつも、人が持つ根源的な欲求をキャラクターが動く動機に設定していることで共感を生むし、読者が自己投影しやすい構図になっている。二部では悪魔が「未来のある学生1人」と「ジジイ、ババア5人」を人質に取って、チェンソーマンにどちらを助けるか選ばせようとする回があるけど、デンジ(チェンソーマン)はどちらも選ばずに悪魔を倒し(学生も老人もどちらも死ぬ)、たまたまそこにいたネコを1匹、助ける。ここで「知らない他人よりも、自分が好きな動物」を選ぶというのは、今のモラル的にギリギリな表現だと思う反面、今を生きる人々にとってはすごくリアリティーを持てる感覚じゃないかとも思います。これまでの少年マンガの主人公にはない行動原理を描いていることにも、「チェンソーマン」の新しさと魅力を感じます。

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