【アメリカの最新ブック事情】第2回「独立系書店」

アメリカの独立系書店ルポ

コロナ後のアメリカ、そして書店

 3月16日――今や、忘れ難い日付のひとつである。

 2020年その日午後、職場がにわかに騒がしくなった。未知のウイルスの感染者数が急増する中、サンフランシスコ・ベイ・エリアでは外出禁止令(shelter-in-place order)が出され、翌日からエッセンシャルワーカーを除き、オフィスへの出勤が禁じられた。突然の在宅勤務に備え、パソコンや資料などを大急ぎで鞄に詰めた。

 禁止令の内容は厳しいもので、スーパーや薬局など生活必需品の販売店を除き、全ての小売店やレストラン等の店頭営業が停止に。家庭外の人と会うことも禁じる、ロックダウンと呼んで差し支えないものだった。書店も例に漏れず。4ヶ月ほどオンライン販売のみの営業を余儀なくされ、その後長らく入店人数の制限が続いた。

 ちなみに私はその時点で、アメリカの出版社で働き始めて数ヶ月。同僚の人となりも知らぬまま、友人を作る間もないタイミングのロックダウンに、途方に暮れたものだった。家庭外の人と集えるよう規制が緩和されたのは、翌2021年4月のことである。

 そんなコロナ以降の2年半、アメリカの出版を取り巻く状況は大きく変化してきた。業界全体の売上減、資材不足、流通の問題等、負の側面を挙げたらきりがない。

 一方、明るいニュースもある。独立系書店が元気だ。同期間に全米で新規オープンした書店の数は、なんと300を超える。

 コロナ禍は、社会の周縁に置かれがちな人々が、より大きな声を上げ続けた日々でもある。ブラック・ライヴズ・マター運動、アジア系ヘイトクライムへの抗議、最近は中絶禁止に反対する運動も激化している。またフロリダ州では今年3月、性的指向や性自認について学校で教えることを禁ずる法案(通称’Don’t Say Gay’法案)が可決され、LGBTQ+コミュニティも大きな危機感を募らせている。

 そのような動きに応える形で、独立系書店が誕生してきたように思う。

 私の暮らすサンフランシスコ・ベイ・エリアでも、複数の書店が新しくのれんを掲げた。今回はその中から、LGBTQ+フレンドリーで実に魅力的な2つの店を、店主のインタビューを交えつつご紹介したい。

「ファビュロサ・ブックス」(Fabulosa Books)

 サンフランシスコのLGBTQ+エリア、カストロ地区。ゲイであることを公表し、1977年に初めてサンフランシスコ議会議員になったハーヴェイ・ミルク氏が、カメラ店を構えていた地としても有名だ。LGBTQ+ムーブメントや、様々な社会運動の中心地になってきた。現在でもヒッピーな文化が根付いており、バーやクラブが立ち並ぶ、賑やかで自由な雰囲気溢れるエリアとなっている。

 その地に2021年9月にオープンした総合書店「ファビュロサ・ブックス」(Fabulosa Books)。元々は他の書店の2号店だったが、長きに渡り同店でマネージャーを務めていたアルヴィン・オーロフ(Alvin Orloff)氏が買い取り、看板を掛け直しオープンした店である。

 ちなみに「ファビュロサ」(fabulosa)とは20世紀初頭から半ばにかけて、ゲイ男性の間で使われていた秘密の言語「ポラリ」(Polari)で、ゲイあるいはゲイの人々を意味する。

カストロ地区に位置する「ファビュロサ・ブックス」

―「ファビュロサ・ブックス」は、コロナ禍ただ中のオープンでした。

オーロフ:店を始めると決めたのは、コロナ前のことでした。外出禁止令が発令された時、実は営業登録のために、市庁舎に向かっているところだったんですよ。経済が動き出すのをしばらく待ってから開店しました。

―どのように選書をされているのですか?

オーロフ:可能な限り幅広くバラエティに富んだLGBTQ+の本を取り扱うようにしています。リベラルな土地柄であるサンフランシスコでさえ、それらの本を書店で見つけることは容易ではないからです。他の本にも言えることですが、時を超えて価値が認められている古典作品と、今話題になっている最新の本と、両方扱うよう心がけています。

―他の書店では見かけない、「ファビュロサらしい」本が多いですよね。

オーロフ:そうそう、面白くて奇妙なものを少しずつ扱うようにもしています。変わったアート本とか、スタッフの誰かが思いがけず好きになったような本ですね。サンフランシスコはビート・カルチャー、ヒッピー、また何世代にもわたるラディカリズムなど、ボヘミアニズムの長い歴史がある土地なので、それを重んじようという考えの表れでもあります。

LGBTQ+関連書籍はもちろんユニークな品揃え

―日本に関係した本で売れているタイトルはありますか?

オーロフ:村田沙耶香さんの『コンビニ人間』は非常によく売れています。それから村上春樹さん作品も大変人気があります。オノ・ヨーコさんの『グレープフルーツ』は、前身の店の頃から長年の売れ筋です。

―オーロフさんお薦めの、サンフランシスコの本屋さんはありますか?

オーロフ:シティ・ライツ・ブックストア(City Lights Bookstore)とドッグ・イヤード・ブックス(Dog Eared Books)です。サンフランシスコの書店は、必ずと言っていいほどその書店との結びつきがあると思います。

―記事の読者である日本人にお薦めの本はありますか?

オーロフ:サンフランシスコのゲイの歴史を学びたいのであれば、『The Mayor of Castro Street: The Life and Times of Harvey Milk』を薦めたいです。楽しい読書なら、デイビット・セダリスの本が間違いないでしょう。面白いエッセイをたくさん書いていますよ。

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