【アメリカの最新ブック事情】第1回「コミック・グラフィックノベル」
アメリカ・サンフランシスコで漫画編集者として働くかっみぃさんが、現地の出版や本にまつわる最新事情を伝えていきます。初回はアメリカで大人から子どもまで注目作品が出版されている「コミック・グラフィックノベル」。漫画とはどう違うのか? その魅力とオススメ作品は? ご自身の経験を交えながら紹介します。(編集部)
コミック・グラフィックノベルとの出合い
時は遡って2019年秋、コロナ禍数ヶ月前のことである。筆者はこれまで日本で漫画編集をしていたが、縁あってアメリカの出版社で、同じく漫画を作る仕事を始めた。
新しい職場で働いてまもなく、アメリカ人の上司に10冊ほどの本を手渡された。「市場研究のためにぜひ読んでみて」と。
一冊ずつ開いてみると、絵、文字、コマ割りという共通点は存在するものの(中には文字やコマがないものも)、自分が慣れ親しんできた漫画文法や表現と大きく異なる。絵柄のバラエティ、ページ構成の自由さ、色遣い(ほとんどが2色刷り以上である)、扱っているテーマの幅広さに心惹かれ、あっという間に「その世界」の虜になってしまった。(ちなみにその時借りたNgozi Ukazu『Check, Please!』、Cory Doctorow作、Jen Wang画『In Real Life』などは自分で買い直し、以来コレクションしている他作品と共に、我が本棚に並んでいる。)
「その世界」とは、英語で「コミック(comic)」や「グラフィックノベル(graphic novel)と呼ばれるジャンルである。表紙や奥付を見てみると、出版社や著者が用いる名称に種類があることに気がつく。コミックとグラフィックノベルという呼び方に違いはあるのだろうか? この記事では、その違いを解説しながら最後に英語圏のコミック・グラフィックノベル作品をご紹介したい。
「コミック(あるいはコミックブック)」はもともと、逐次形式の刊行物を意味してきた。あるいは「一話」といった単位の「抜粋」された刊行物を指すことが多かった。代表的なところでいうと、いわゆる「アメコミ」として知られているマーベル(Marvel)、ディーシー(DC)など、シリーズものの一話を抜き出した冊子である。
しかし今、コミックという単語はより広義に使われており、絵、文字、コマ割りがあるあらゆる作品を指すものとして用いられている。また漫画(Manga)がコミックと呼ばれること、コミックのいちカテゴリーとして扱われることも多い。
日本では聞き慣れない単語なので詳述は省くが、「トレード・ペーパーバック」という、コミック数号を集めて一冊(一巻)にまとめた本を指す言葉もある(が最近はあまり用いられなくなってきている)。
一方「グラフィックノベル」は比較的新しい単語で、絵と文字で成り立つ「長尺の本」を指す。グラフィックノベル自体が、作品が読める最初の場になっている場合も、コミック数号をまとめた形式もある。
私見ではあるが、「コミック」ではなく意図的に「グラフィックノベル」という単語を用いるのに、語源(グラフィック<視覚芸術の>+ノベル<小説>)を意識したケースがある。例えば、思春期の悩みやアイデンティティの探求といった内容に光を当てたグラフィックノベルである。それらはヤングアダルト( およそ13歳から18歳を指す)向け小説が扱う大きなテーマのひとつでもあり、「ノベル」という用語がよりしっくりくる。最近はヤングアダルト小説のカバーに、イラストが用いられる例を多く見かけることからも、双方の読者に親和性があるものと考える。
加えて子ども向けは多くが、「グラフィックノベル」という用語を用いている。絵本(picture book)の延長線上として、グラフィックノベルを捉える考えゆえと推測する。つまり絵が、子どもたちのさらなる理解を補完してくれる役割を果たしているのだ。その子ども向けグラフィックノベルは、アメリカで非常に大きな市場となっている。
代表的なものに6〜9歳を読者対象としたScholastic社の『Dog Man』シリーズ(『ドッグマン』デイブ・ピルキー著、中井はるの訳、飛鳥新社)があり、大きな部数を売り上げている。『Dog Man #10』は、2021年北米でのコミック・グラフィックノベルの売上ナンバーワン作品だ (Brian Hibbs, “Tilting at Windmills #289: Looking at NPD BookScan: 2021 – and it’s a doozy” The Beat, April 6, 2022. https://www.comicsbeat.com/looking-at-npd-bookscan-2021-and-its-a-doozy/ 最終閲覧2022年7月21日)。
またコミック・グラフィックノベルとは別に、現在大型書店では必ず「漫画(Manga)」という棚がある。コロナ禍に動画配信サービスを通じて、アニメの視聴が爆発的に広がった影響を受け、その原作である漫画の伸びが著しい。しかし先述したように漫画はコミックと呼ばれることも、あるいはグラフィックノベルと称されることもある。
加えて近年は、スマホでのスクロールに対応したウェブコミックなど、より幅広い形式のコミックやグラフィックノベルが見られるのも見逃せない。
ここまで書いてきて、それぞれの用語の定義のはっきりしなさに気付かされる。裏を返せば、区分けすることの意味のなさを示しているようだ。英語圏に暮らす人々が、いかにバラエティに富んだ作品にアクセスできるかを表しているとも言えよう。
またここで触れたいのが、英語圏のみならず世界各国の優れた作品が、少なからず日本語に訳されている点だ。フランス語翻訳者の原正人氏によると、2010年代、実に1000点以上の海外コミックス・グラフィックノベルが日本語に翻訳されているという(『アイデア」393号、誠文堂新光社、2021年、P.6)。
多様な価値観を届けようと試みる出版社や編集者、また海外市場に鋭いアンテナを張った翻訳者、そして作品を心から楽しむ日本の読者に支えられている文化だと、しみじみ感じる。
オススメ作品3選
さて最近の英語圏、とりわけ「グラフィックノベル」と呼ばれる作品たちを見渡してみると、テーマにいくつか特徴が挙げられる。先述したように(1)ヤングアダルト小説に近い題材を描いたもの、(2)作家の自叙伝、(3)人種や性的マイノリティの視点のもの、である。詳述はまた別の機会に譲るとして、この記事を読み、英語圏のコミック・グラフィックノベルを手に取ってみたいと思って下さった方に向けて、それぞれオススメの3冊を挙げて結びとしたい。
(1)マリコ・タマキ作、ジリアン・タマキ画、三辺律子訳『This One Summer』(岩波書店)
湖畔の別荘でひと夏を過ごすローズ。少女の心が大人へと移りゆく様を、痛々しくも真っ直ぐに描いた名作。多数のヤングアダルト小説の翻訳を手がける、三辺律子氏の美しい日本語で。
(2)エイドリアン・トミネ作、長澤あかね訳『長距離漫画家の孤独』(国書刊行会)
数々のコミック賞を獲得してきた、日系4世のエイドリアン・トミネ。個人を深く掘り下げることで、現在の社会の姿を描いてきた作家が、自身のことをシニカルでユーモアたっぷりに。装丁も美しい一冊。
(3)アリス・オズマン作、牧野琴子訳『HEARTSTOPPER ハートストッパー』既刊4巻(トゥーヴァージンズ)
4月からNetflixで配信が始まったドラマの原作。高校生のチャーリーとニックは、お互いに抱く感情が、友情以上のものであることに気がつく。
備考:コミックやグラフィックノベルに関する説明は、下記資料を参考にしました。
Baetens, Jan and Hugo Frey. The Graphic Novel: An Introduction. Cambridge University Press, 2014.
Gravett, Paul. Graphic Novels: Everything You Need to Know. 2003. Second Ed. NBM Publishing, 2021.