『屍人荘の殺人』から『魔眼の匣の殺人』へーー今村昌弘が到達した、クローズド・サークルの新境地

『屍人荘の殺人』から『魔眼の匣の殺人』へ

『魔眼の匣の殺人』で示した、底知れぬ実力

 さて。ここでまた『魔眼の匣の殺人』に戻ってくる。何度も書くように本作は『屍人荘の殺人』の正式な続篇なのである。ここまで書いてきた長所をすべて引き継いだ上に、本作で新たに付け加えられた特徴がある。それが実は最も大事なのだが、先にもう少し作品の内容について説明しておく。

 前作の事件が終結し、神紅大学に戻ってきた譲と比留子だが、以前のような日常をのほほんと楽しむわけにはいかなかった。班目機関のことを知ってしまったからである。それについて調べるうちに二人は、旧真雁地区に機関が創立した元・超能力研究施設、すなわち魔眼の匣が存在することを知るというわけなのである。陰謀論を前提にした冒険小説シリーズの定石を踏んだ形でこの物語は始まる。初読の印象では序盤に学園ミステリー的な展開があった『屍人荘の殺人』と比べて『魔眼の匣の殺人』は本題に入るのが早い印象があったのだが、今回再読したところそうではなく、同じくらいのページ数を使ってから事件が始まっていた。早い印象を受けたのは、情報をまとめる作者の手腕が上がっているからだ。とにかく読者に先を読ませなければいけない、というページターニングへの執着がこの作者は非常に高い。

 最も感心させられたのは、『屍人荘の殺人』の成功体験を作者がきっぱりと捨てたことである。同じように特殊な状況、特殊な現象が扱われた作品だが、使われている技法はまったく異なるのである。

 本作で扱われているギミックは『屍人荘の殺人』のように使い回しの効くものではなく、予言という現象だ。それを用いて謎解き小説を書くにあたり、作者は完全な方向転換をした。本作でアイデア量が豊富なのはトリックではなくロジック、すなわち謎解きの論理性なのである。連続殺人が起こり、サキミの言葉通りになっていく。果たして予言が的中しているのか。それとも別の説明が考えられるのか。限定された人間関係、記憶と証言によって構成される時間軸の中で、作者はありとあらゆる可能性を考えていく。その仮説検証の凄まじいこと。『屍人荘の殺人』の推理は、一つひとつの事件を個別に検証し、どのようなトリックが用いられたかを解明するものだったが、本作は違う。『魔眼の匣の殺人』においてはすべての出来事がひとつながりなのだ。AからZまで事象が存在するとして、そのうちの一つでも外れたら仮説は成立しなくなる。前作を並列とすればこっちは直列だ。

 2018年から2019年はおもしろことに、予言を扱った謎解き小説が連続して刊行された時期であった。有栖川有栖『インド倶楽部の謎』、阿津川辰海『星詠師の記憶』が2018年秋に相次いで出て、2019年2月に本作がそれに続いた。直後には辻堂ゆめ『今、死ぬ夢を見ましたか』、澤村伊智『予言の島』が出ている。これだけ連続していると相互の影響関係は考えられず、偶然の結果であろう。

 謎解き小説にはさまざまな技巧が用いられるが、その中に第三者の心理を推理するというものがある。作中人物は、手がかりを元に事件の関係者がどのような行動を取ったかを推理していく。犯人や被害者が「過去」にどう行動したか、を推理するのは探偵の役割だろう。犯人の場合は、自分の行動を探偵がどのように推理するかを先回りして考え、裏をかこうと考える。これは「未来」へ向けての推理だ。自分以外の人間がどう動くかを考えることが推理の上では柱の一つになっていると言ってもいい。人間の行動の未来を言い当てる予言は、この技巧の極致なのである。謎解きの技巧を作家たちが突き詰めていけば、一時期に作例が集中することもありえるだろうと思われる。『魔眼の匣の殺人』もまた、行動の未来を読む論理の卓抜さに多くの読者が感嘆させられた。

 別の種類の、難度が高い仕事を作者はやってのけた。2作目にして底知れぬ実力の持ち主であることを天下に示してみせたのだ。ミステリー・ファンの中には前作よりも『魔眼の匣の殺人』の論理性を高く評価する者も少なくない。私もその一人である。これは謎解きの論理について真剣に考えている人間でなければ書けない小説だ。続く『兇人邸の殺人』では、また別の技巧が用いられており、このシリーズには期待がいや増す一方である。ヘラクレスではないが、12ぐらいの冒険に挑戦しても今村ならやりこなすのではないか。

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