小松左京、かんべむさし、笹沢左保……SFミステリーの復刊続々! 「トクマの特選!」が仕掛ける、名作のアップデート
ひと握りの例外を除き、人気のあった本もいつかは絶版になる。当然だろう。出版社の倉庫も、書店の棚も有限だ。電子書籍は別にして、次々と出版される紙の本は、どんどん消えざるを得ないのである。
だが、面白い作品は、いつか復刊される。特に近年、エンターテインメント・ノベルが、文庫で復刊されることが多い。しかも単に作品を復刊するだけでなく、現代に合わせていろいろなアップデートをしているレーベルがあるのだ。徳間文庫の「トクマの特選!」である。
「トクマの特選!」は、2021年10月から始まった。第一弾は、小松左京の『見知らぬ明日/アメリカの壁【グローバル化・混迷する世界】編』、笹沢左保の『招かれざる客』、山田正紀の『妖鳥』、かんべむさしの『公共考査機構』、樋口修吉の『ジェームズ山の李蘭』の五冊。以後の作品を見ると、ミステリーとSFが中心のようだが、大人の恋愛小説である『ジェームズ山の李蘭』が入っていることから分かるように、エンターテインメント・ノベル全般を扱うのだろう。なお樋口作品は、意外と文庫化されていない作品が多いので、どんどん出してもらいたいものだ。
そしてアップデートだが、まずSFに注目したい。小松作品は「小松左京〝21世紀〟セレクション」と銘打ち、先に挙げた作品に続き、『闇の中の子供/ゴルディアスの結び目【分断と社会規範・心理の変化】編』が刊行されている。もともと人類の文化や文明を巨大な視野で捉えていた作家だけに、諸作品の持つ先見性は凄まじい。その中から現代と呼応する物語をセレクトし、さらに解説に池上彰や宮崎哲弥を起用。今、読む意味のある本にしたのである。
さらに、かんべむさしの『公共考査機構』をセレクトしたセンスが素晴らしい。出演者の意見に対して、視聴者側のモニターが、プッシュホンで賛否を投票するテレビ番組。それにより出演者が〝魔女狩り〟のような状況に陥っていく。1979年の作品なのでテレビ番組だが、現在のネットでの炎上や、正義の側にいると思い込んだ人々のエスカレートした言動を予見させる内容になっている。これもまた、今、読まれるべき物語といえるだろう。
一方、ミステリーに目を向けると、新たな読者を獲得するための工夫が凝らされている。たとえば都筑道の初期意欲作『やぶにらみの時計』『猫の舌に釘を打て』には、単行本未収録だった未完の連作『アダムと七人のイブ』が、一話ずつ収録されている。嬉しいボーナストラックだ。なお個人的なことだが、『やぶにらみの時計』は、私が初めて読んだ二人称の小説である。
昭和ミステリーを語るうえで欠かせぬ存在である笹沢左保は、「有栖川有栖選 必読! Selection」と銘打ち、現在までに『招かれざる客』『空白の起点』『突然の明日』の三冊を刊行。笹沢作品を高く評価しているミステリー作家の有栖川有栖が、「数多ある佐沢ミステリの中から本格ミステリの傑作を選りすぐって、まだその面白さを知らない――ある意味では幸福な――本格ファンにお届けする」という意図で、作品がセレクトされている。この三冊はミステリー・ファンの間では周知の作品だが、第四弾に予定されている『真夜中の詩人』は、隠れた名作といっていい。これからのセレクトが、俄然、楽しみになってきた。
また、有栖川有栖の解説を二つに分けて、冒頭と巻末に配している点にも留意すべきだろう。ネタバレを忌避するミステリーの解説として、とてもよい方法である。