『SLAM DUNK』赤木剛憲 メンターとしての役割と、その成長を考察
泥にまみれた鰈(かれい)になれ
それにしてもこの、長年の“夢”だったものを手に入れさせたあとで、厳しい“現実”を突きつけるという、井上雄彦の演出のなんと見事なことか。むろん作者は赤木を見捨てたりはしない。見捨てるどころか、物語が終わりに近づいているこの段階で、あえて、本来はメンターの役割を担っているキャラクターをも成長させようとしているである。
そこで登場するのが、かつてのライバル――陵南高校の魚住純(3年)である。試合中、倒れた赤木のもとに(なんと板前の姿で!)近づいてきた魚住は、包丁で大根を削りながらこういう。「華麗な技をもつ河田は鯛…(中略)お前は鰈(かれい)だ/泥にまみれろよ」
場内にいるほとんどの人間は唖然とする他なかったが、赤木(と安西監督)には魚住の“本心”が、充分すぎるくらいに伝わっていた。要は、大根=刺身のツマになれ、ということだ。
そこにいたるまでの赤木は、自分が河田に勝たなければ湘北の勝利はないと思い込んでいた。だが、そうではないのだ。いまの湘北には、「主役」になれる逸材が他に何人もいる。
こうして、魚住に“喝”を入れられたことで吹っ切れた赤木は、1年の頃には決してやらなかったスクリーンをかけて、三井のシュートを援護する。長いブランクのせいでスタミナの切れかかっていた三井だったが、その想いに応え、美しい弧を描いた3Pシュートを決める。また、勢いを失いつつあったチーム全体も息を吹き返していく。
そして、桜木花道――。
試合の残り時間は約2分。味方のボールを生かすため、危険を顧みず、身体(からだ)ごとプレス席へと突っ込んでいく元不良少年の頼もしい姿を見つめながら、赤木はふと妹のこんな言葉を思い出す。「初心者だけど…いつかバスケ部の…………救世主になれる人かも知れないよ…お兄ちゃん!! 桜木君っていうの―――――」
ここまでずっと、(単行本にして約30巻分にもおよぶ)“桜木が成長していく姿”を目にしてきた読者は、この瞬間、赤木と同じ視点で、同じ気持ちを味わっていることだろう。つまり、この時の赤木の目は、読者の目だといってもいい。
だが、そもそもなぜ桜木はここまでがんばれたのだろうか。それはたぶん、他ならぬキャプテンの赤木が、練習の時でも試合の時でも、常に「まだいけるぞ!!」という気持ちを、言葉だけでなくアティテュード(態度)でも示し続けていたからではあるまいか。そういう意味では、メンターとしての赤木の“役割”は、(彼が桜木のことを「救世主」だと認めた)この瞬間、完遂したといっても過言ではないのである。