『タコピーの原罪』しずかは男を破滅させる悪女なのか? 鬱漫画が打ち砕くファム・ファタル幻想

『タコピーの原罪』ファム・ファタル考察

 「少年ジャンプ+」で連載中の『タコピーの原罪』が大きな注目を集めている。3月4日に単行本の上巻が発売されたが、発売前に重版が決定するほどの人気を博しているようだ。

 人気の理由は、いじめ、家庭崩壊、自殺、殺人、ネグレクトなど社会の暗部を煮詰めた衝撃的な内容と作劇の巧みさにあるだろう。いわゆる「考察要素」が多い作品であり、読者に提示する情報のコントロールが非常に上手くて、グイグイと物語に引き込まれていく。

 非常に考えがいのある作品だが、本作の魅力を筆者なりに考えてみたい。キーワードは「ファム・ファタル」だ。

加害者が被害者に、被害者が加害者に変化してゆく巧みな作劇

 本作の主人公は、ハッピー星からやってきたタコのような外見を持つタコピーという生物だ。ゆるキャラのような見た目で、宇宙にハッピーを広めるために地球に降り立ったという。

 タコピーという名は本当の名前ではなく、地球で出会った「しずかちゃん」という小学生の女の子がつけたものだ。タコピーは、パンをくれたお礼にしずかをハッピーにしようと様々な魔法のアイテムを繰り出す。

 物語の導入部は、愉快なファンタジー、あるいは魔法少女もののようだ。魔法を使う奇妙な生物に出会った少女が変身していくのかと思わされるが、しずかはタコピーの道具にほとんど興味を示さない。魔法少女ものは空を飛ぶのが定番だが、しずかは「空なんて飛べたって、どうせ何も変わらないし」と言って去ってしまう。その去り際の、背中のランドセルがいじめと思しき落書きと傷だらけなのが示され、これはメルヘンでもファンタジーでもないことを読者に気づかせる。

 タコピーは悪意というものを知らない。純真無垢であるためにいじめがなんなのかもわからない。物語はそんなタコピーが、自殺してしまうしずかを救うために、何度もタイムリープを繰り返すという展開となる。

 学校についていくことにしたタコピーは、いじめの首謀者まりなとしずかの仲を取り持とうとするも、何度繰り返しても悲劇は止められない。その過程でしずかとまりな双方の家庭問題が描かれる。

 本作はいじめや殺人の被害者と加害者が描かれる。しかし、加害者は常に加害者ではなく、被害者もまた常に被害者ではない。学校でのいじめの加害者は、例えば家庭環境では被害者であり、いじめの被害者が後に加害者に転じるなど、被害と加害の連鎖を巧みに描いているのが大きな特徴だ。

 本作は、そんな被害と加害の連鎖の因果を断ち切る困難さに向き合っている。どこまで遡ればその連鎖を断ち切ることは可能なのか、タコピーのタイムリープの真相によって、人間社会の歪さをあぶり出している。

 タコピーの出身であるハッピー星がどんな場所なのかは明らかにされていないが、このようないじめや自殺のはびこる世界ではなさそうだ。「なぜ自殺というものが存在するのかわからない」というタコピーのモノローグからして、ハッピー星には自殺がないのだろう。そんな悪性を知らないタコピーの視点から物語が展開するがゆえに、人間の歪さが立体的に浮かび上がる構造となっている。

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