『鬼滅の刃』で描かれる熱い兄妹愛 炭治郎と妓夫太郎の違いとは?
※本稿には、『鬼滅の刃』(吾峠呼世晴)の内容について触れている箇所がございます。同作を未読の方はご注意ください。(筆者)
親子、兄弟(兄妹、姉妹)、夫婦、そして、師弟――『鬼滅の刃』という物語は、さまざまな「家族」のかたちを描いた群像劇だった、という見方もできるだろう。
とりわけ作者(吾峠呼世晴)がこだわっているように見えるのが、「きょうだい」というモチーフであり、物語の中心となる主人公の兄妹――竈門炭治郎と襧豆子はいうまでもなく、煉󠄁獄杏寿郎と千寿郎、不死川実弥と玄弥、時透無一郎と有一郎、胡蝶しのぶとカナエ(と栗花落カナヲ)、さらには、継国縁壱と巌勝(黒死牟)といった、脇を固める「きょうだい」たちの描写にも、かなりの熱量が注がれている。
ちなみに現在、テレビアニメ版が放送中の「遊郭編」にも、強烈な個性を持った悪の兄妹が登場する。そう、“上弦の陸”と呼ばれる鬼――妓夫太郎と堕姫である。
※以下、ネタバレ注意。
いかにして遊郭で育った兄妹は鬼になったか
まず、妹の堕姫だが、ふだんは吉原で人気の花魁として働きながら、人知れず美しい女を攫(さら)い、喰らっている。鬼殺隊の上官である宇髄天元(音柱)らとともに同地に潜入していた炭治郎は、この花魁が別の花魁を襲っているところを見つけ、戦うが、やがて“上弦の陸”は彼女だけではなかったということを知る。
途中から参戦した天元によって頚(くび)を斬られた堕姫の体内から、別の鬼が出現したのだ。それが兄の妓夫太郎であり、この兄妹を倒すには、同時にふたりの頚を斬らなければならないらしい。「俺たちは 二人で一つだからなあ」(第86話)
醜い怪物のような風貌の兄は、鬼になってもなお美しい妹を溺愛しているが、このふたりには壮絶な過去があった。
遊郭の最下層で生まれ育った、妓夫太郎と堕姫の兄妹(人間だった頃の堕姫の名は「梅」という)。幼い頃からふたりだけで過酷な日々を耐え抜いてきたが、ある時、梅が客の侍の目玉を簪(かんざし)で突いてしまい、その報復として「丸焦げ」にされてしまう。それを見て怒り狂う妓夫太郎もまた、背後から斬りつけられ、瀕死の状態に(ただし、最後の力を振り絞り、妹をひどい目にあわせた侍は殺す)。
と、そこに現れたのが、当時の“上弦の陸”――童磨だった。「お前らに血をやるよ/二人共だ/“あの方”(=鬼舞辻󠄀無惨)に選ばれれば 鬼となれる」(第96話)
そしてふたりは鬼になったわけだが、そういえば、第93話――再読するたびに、ふとページをめくる手を止めてしまうくらい、個人的に印象に残っている場面がある。それは、戦いのさなか、堕姫の「お兄ちゃん!!」という叫び声に反応した炭治郎が、妓夫太郎の姿に自分を重ね合わせてしまう場面だ。
炭治郎はいう。「その境遇はいつだって ひとつ違えば いつか自分自身が そうなっていたかもしれない状況」
むろん、世界の全てを呪っていた妓夫太郎・堕姫の兄妹とは異なり、鬼の始祖・鬼舞辻󠄀無惨に(襧豆子を除く)家族全員を殺された炭治郎が、その憎い仇の血を受けてまで「鬼になりたい」などと願うはずはないだろう。しかし、竈門家で惨劇が起きた“あの日”――彼が出会ったのが鬼殺隊の冨岡義勇ではなく、鬼舞辻󠄀無惨だったとしたら? そしてその無惨に、「私を倒したければ、鬼になるしかないぞ」と挑発されたら?
場合によっては、炭治郎もまた、人間と怪物の境界線を越えようとしたかもしれない。だが、前述の場面で、彼は続けてこうもいっているのだ。「もし俺が鬼に堕ちたとしても 必ず鬼殺隊の誰かが 俺の頚を斬ってくれるはず」