『鬼滅の刃』藤の花と青い彼岸花 ふたつの花が意味するものとは?
※ 本稿には『鬼滅の刃』(吾峠呼世晴)の内容について触れている箇所がございます。同作を未読の方はご注意ください。(筆者)
吾峠呼世晴の『鬼滅の刃』には、主人公たちの敵である「鬼」の存在に関わる2種類の花が登場する。そこで、本稿ではその2種類の花――すなわち、「藤の花」と「青い彼岸花」について、あらためて考察してみたいと思う。
まず、藤の花だが、こちらは「鬼が忌避(きひ)する花」として描かれている。たとえば、主人公・竈門炭治郎が入隊することになる「鬼殺隊」への「最終選別」が行われる藤襲山では、常に複数の鬼が生け捕りにされているのだが、山の麓から中腹にかけて藤の花が1年中狂い咲きしているため、鬼たちはその“結界”から容易に逃げ出すことはできない。
また、単に忌避されているだけでなく、藤の花はほとんどの鬼たちにとっては“毒”となり、大量に体内に注入されれば死にいたる。その効果を最大限に活かしながら戦っているのが「蟲柱」の胡蝶しのぶであり、鬼の首を切る筋力(きんりょく)のない彼女は(注・本来、鬼を退治するには、首を切り落とすか、太陽の光を浴びさせるかの二通りしかない)、細身の刀に毒を仕込み、それを鬼の体に突き刺すことで敵を討つ(さらには、“ある鬼”を倒すために、藤の花の毒を摂取し続け、自らの体を毒化させてもいる)。
なお、日本の昔話や伝説では、鬼を退(しりぞ)けるための植物として、藤の花よりも、桃の木や実が描かれる場合が多い。その種の描写のルーツは、『日本書紀』での、イザナギノミコトが黄泉の国で死霊の鬼に追われた際、桃の実を投げつけて退走させたというエピソードだとされているが、我が国の昔話(さらにいえば鬼退治譚)の最大のヒーローともいえる桃太郎が、もともと何から生まれてきたのかを考えてみてもわかることだろう(余談だが、炭治郎の同期の隊士・我妻善逸が、かつて修行していた場所にも桃の木が植えられているのだが、その描写にも何か意味がある、と考えるのはさすがに深読みだろうか)。
ただし、「藤の花を鬼が忌避する」という設定も、別に、作者の頭の中だけで作られた謂(いわ)れのないもの、というわけではない。なぜならば、藤はマメ科の植物であり、ご存じのとおり、節分の日には「鬼は外、福は内」といいながら豆を投げて、厄よけを行う風習が昔からあるからだ(ヒロイン・竈門襧豆子の名前に「豆」の字が含まれていることにも注目されたい)。
いずれにせよ、この藤の花は、物語のクライマックス――宿敵・鬼舞辻󠄀無惨と同化しそうになる炭治郎を、再び人間の世界に引き戻そうとする多くの仲間たちの想いの象徴として、美しく、鮮烈なイメージを読者の心に刻み込むことになる(第203話「数多の呼び水」参照)。
珠世は青い彼岸花の秘密を知っていた?
一方、青い彼岸花は、鬼という存在そのものに関わる重要な花である。
かつて――平安時代――「20歳になるまでに死ぬ」といわれていた鬼舞辻󠄀無惨のために、ある「善良な医者」が処方していたのが、この青い彼岸花を原料とする薬だったのだが、その効き目が一向に現れないどころか、病状が日に日に悪化していた無惨は、腹を立てた末に医者を殺してしまう。
しかし、薬の効き目はあったのだ。ただし、無惨が手に入れたのは死なない体ではあったが、人間の血肉を求め、日中は外で行動できないという(前述のように、鬼は太陽の光を浴びると死ぬのだ)彼にとって、不完全なものでもあった。
これが、「鬼の始祖」誕生のいきさつであり、以後、無惨は、太陽の光を克服するために、自分以外の鬼を徐々に増やしていくことになる。具体的にいえば、彼は、人間の鬼化の鍵を握る青い彼岸花の探索を配下の鬼たちにさせながら(医者を殺してしまったため、花の在り処がわからなくなったのだ)、その一方で、太陽の光を克服する鬼が突然変異的に生まれることを期待しているのだった(その鬼を取り込めば、自分の力にすることができるため)。
ちなみにこの青い彼岸花、第5巻で、累という鬼から炭治郎が殺されそうになった際、彼が見る走馬灯の断片的なイメージの中に、それらしき花として意味深に描かれている。……のだが、そのカットについての説明は特にないまま、原作の物語は終わっている。
ゆえに、読者のあいだでは、長い間、この描写に意味があるのかないのか(あるいは、そもそもそれが青い彼岸花なのか否か)、議論されていたのだが、その答えは『公式ファンブック』の2巻で説明されている。詳しくは同書をご覧いただきたいと思うが、そこでは、炭治郎の行動圏内に青い彼岸花は実在しており、確かに彼の記憶の中にその花はあった、ということが明記されているのだ。
なお、仮にこの青い彼岸花を無惨が発見できたとして、彼が何をしようとしていたのかは定かではない。というのは、もしかしたら、「太陽の光を浴びてはならない代わりに、不老不死に近い体になる」というのが、平安時代の医者が処方した薬の最大の効果かもしれず、だとしたら、これ以上、無惨がいくら青い彼岸花の薬を摂取し続けたとしても、日光を克服することはできないからだ。だから、おそらくは、青い彼岸花を分析することで、人間が鬼になる秘密を解明し、新しい別の薬を開発するためのヒントを得ようとしていたのかもしれない(もちろん、さらに摂取し続けることで「完全な体」になる、という可能性も充分あるだろうが)。
また、物語のクライマックスで、珠世(=無惨の支配を逃れた唯一の鬼)が胡蝶しのぶとともに作った4種の薬が、無惨を苦しめることになるのだが、もしかしたら、珠世は青い彼岸花の秘密をつかんでいたのかもしれない。
というのは、彼女は一時期、無惨と行動をともにしており、その際、“花”の話を聞いていないはずはないだからだ。無論、4種の薬の開発の成功は、太陽の光を克服した襧豆子の血の分析と、しのぶがもともと持っていた藤の花の毒の知識によるところが大きいだろうが、もし、仮に珠世が青い彼岸花の秘密すら知っていたのだとすれば、その破壊力はより説得力を増すと思うのだが、読者のみなさんはどうお考えだろうか(少なくとも彼女は人を鬼にするなんらかの術を知っており、そこに青い彼岸花の知識が関係していないとはいえないだろう)。