『鬼滅の刃』なぜ鬼舞辻󠄀無惨は竈門家を襲ったのか? 3つの仮説から考察
※本稿には『鬼滅の刃』(吾峠呼世晴/集英社)の内容について触れている箇所がございます。原作を未読の方はご注意ください。(筆者)
新しいテレビアニメシリーズ(「無限列車編」)の放送も始まり、ここに来てさらなる盛り上がりを見せている吾峠呼世晴の『鬼滅の刃』(続く「遊郭編」は12月5日から放送開始予定)。
そこで今回は、ある意味では“原作最大の謎”ともいうべき「そもそもなぜ、鬼舞辻󠄀無惨は竈門家を襲撃したのか」について、考察してみたいと思う。
惨劇によって動き出した物語
『鬼滅の刃』は、鬼舞辻󠄀無惨によって鬼にされた妹の禰󠄀豆子を人間に戻すため、政府非公認の組織「鬼殺隊」に入隊して奮闘する少年、竈門炭治郎の成長を描いた物語である。
鬼舞辻󠄀無惨は、すべての鬼を統(す)べる存在であり(“鬼の始祖”でもある)、彼だけが人間を鬼にすることができる(注1)。
(注1)唯一の例外として、無惨の支配から逃れた珠世という鬼だけは、人(や猫)を鬼にするなんらかの術(すべ)を持っている。また、「上弦」と呼ばれる最強の鬼たちが、人間に血を与えて鬼にするケースもなくはないが、それには無惨の承認が必要である。
物語は、この鬼舞辻󠄀無惨が、雲取山(東京府奥多摩郡)にある竈門家を襲い、炭治郎の母親と弟、妹らを惨殺したことで大きく動き出す(炭治郎はその時、里に下りていたため不在)。唯一の救いは、妹の禰󠄀豆子がひとり重傷を負いながらも生き残っていたことであったが、前述のように、彼女は無惨によって鬼にされていた……。だが、なんのために?
実は、この襲撃の“目的”については、物語の終盤――第196話(第22巻所収)まで、はっきりとしたことは明かされていない。つまり、鬼舞辻󠄀無惨の竈門家襲撃は計画的だったのか、あるいは偶然(気まぐれ)だったのか、さらにいえば、なぜ禰󠄀豆子だけが鬼になった(された)のか――そうした根源的な謎のいくつかが不明のまま、物語はクライマックスへと突入していくのである。
※再度注意。以下、大きなネタバレあり。
ちなみに、鬼舞辻󠄀無惨の竈門家襲撃の“目的”とは、簡単にいってしまえば“人間の鬼化”である。
件(くだん)の第196話において、(珠世の薬の効用などもあり)人間に戻りつつあった禰󠄀豆子が、過去の記憶を徐々に思い出していくのだが、あの日――竈門家に現れた無惨は、突然そこにいた人々を殺害し始めた。そして、死んでいく者たちを冷酷な眼差しで見下ろしながら、こうつぶやいたのだ。「この程度の血の注入で死ぬとは 太陽を克服する鬼など そうそう作れたものではないな」と。
そう、この言葉から、少なくとも無惨は、竈門家の人々を補食するつもりではなく、鬼にするつもりだったということがわかるだろう。具体的にいえば、(無惨もいっているとおり)彼の血を体内に注入されると、人間は鬼になる。ただし、その変化に耐えられる者はそう多くはない(だから禰󠄀豆子は数少ない鬼化の“成功例”なのだ)。
だが、この禰󠄀豆子の回想シーンから読み取れるのはそこまでである。つまり、「無惨の竈門家襲撃は計画的だったのか」という、謎の核心部分まではわからない。
そこで、自分なりに“3つの仮説”を立ててみた。以下に箇条書きしてみたいと思うが、これらはあくまでも私見であって、“答え”ではない、ということだけはご了承いただきたい。
無惨が竈門家を襲撃した3つの仮説
【1】 「青い彼岸花」を探していた
鬼舞辻󠄀無惨と配下の鬼たちは、日の光(陽光)を浴びると死んでしまう。その“弱点”を克服するために、無惨は、自分が鬼になった原因である「青い彼岸花」(注2)を長いあいだ探しているのだ。
(注2)無惨はもともと身体の弱い人間だったが、ある医者が処方した「青い彼岸花」を使った秘薬のせいで、鬼になった。医者は無惨に殺されたため、「花」の在処(ありか)はわからなくなった。
なお、青い彼岸花の発見が、そのまま「太陽の克服」につながるわけでもないだろうが、それでも、なんらかのヒントは得られると考えていたのだろう。
ちなみに第5巻所収の第39話で、累という名の鬼に殺されそうになった炭治郎が、迫り来る死の恐怖の中、いわゆる“走馬灯”を見るシーンが描かれている。その断片的ないくつかの過去の記憶の中に、青い彼岸花らしき花のヴィジョンもあるのだ。
これが何を意味しているのかについては、詳しい説明は漫画本編では最後まで描かれていない。しかし、実は公式ファンブックの第2巻で、その“真相”がさりげなく書かれている(気になる方も多いとは思うが、ここでその詳細を書くのはやめておこう)。
いずれにせよ、「奥多摩の山のどこかに青い彼岸花がある」という情報を、無惨は掴んだのではないだろうか。そして、現地へ行ったものの発見できず、“ついで”のような形で竈門家を襲ったのかもしれない。
【2】 「日の呼吸」の継承者を探していた
かつて鬼舞辻󠄀無惨を追いつめたただ一人の剣士である継国縁壱。「始まりの呼吸」――すなわち「日の呼吸」の遣い手である彼は、一時期、炭治郎らの先祖(炭吉)のもとに身を寄せていたことがあった。そして、縁壱が去った後も、「日の呼吸」の極意は、人知れず代々の竈門家の長男に、「ヒノカミ神楽」という形で継承されていたのである。
そのことを無惨は知り、自らの命を再び脅かしかねない“危険人物”を抹殺するために、雲取山へ向かったのかもしれない。あるいは、「日の呼吸」を継承している家の人間ならば、「太陽を克服する鬼」となる可能性が高いと考えたのだろうか。
そう、無惨が自分以外の鬼を増やす最大の理由は、(前述の青い彼岸花の探索のためもあるが)「太陽を克服する鬼」を突然変異的に生み出して、その力を取り込むためであった。実際、竈門家の禰󠄀豆子は、やがて日の光を克服するようになるのだが、果たしてそこまで無惨が最初から考えていたかどうか……。
いずれにせよ、「日の呼吸」の秘密を探るために、竈門家に無惨が現れたのだというはっきりとした描写はない。また、無惨が禰󠄀豆子を特別視していたような様子も、物語の序盤では特にない(無惨が禰󠄀豆子に執着し始めるのは、彼女が太陽を克服して以降である)。