『コロナと漫画』編者が語る、フィクションの重要性 漫画は“不要不急”なのか

『コロナと漫画』編者が語る、フィクションの重要性

改めて問う「エンタメは不要不急か」

――まえがきでも触れていますが、コロナ禍が収束しているとは言えないいま、本書を出すことにどのような意味があると感じていますか?

島田:漫画をはじめとしたエンタメ全般が不要不急だと思われがちなことに対して、まずは「NO」と言いたかったんですよ。私自身、これまで漫画業界で食べさせてもらってきた立場として、そういう風潮を黙って見過ごすわけにはいきませんでした。そのためにも、パンデミックのまっただなかにあって、現在進行形でおもしろい漫画を描き続けている人たちの“声”を記録しておきたかったんです。そこにコロナ収束への“答え”はないかもしれないけれど、なんらかの“意味”はあるんじゃないかなと。

 たしかに、漫画を読むことは、現実逃避の手段のひとつかもしれません。でも、それだけじゃないといいますか、漫画をたくさん読んでいれば、仮想の危機が現実に起きたとき、うまく対応できるような能力を知らず知らずのうちに身につけることもできると思うんですよ。

 これは漫画に限らず、フィクション全般が持っている力のひとつだと言っていいと思います。つまり、漫画でも小説でも映画でもなんでもいいのですが、そういう創作物をたくさん読んだり観たりして、それを“自分のもの”にしている人は、現実社会で生き抜くための術(すべ)を身につけているはずなんです。

――最近、「ビッグコミックオリジナル」を読んでいたら、『釣りバカ日誌』の作中でフェイスシールドが登場したり、『深夜食堂』ではノンアルコールビールを提供したりしていて、ある種、現実と地続きの作品には直接影響を及ぼすんだなと改めて認識しました。

島田:高橋先生の『MAO』でもヒロインがマスクをつけていましたね。また、細野不二彦先生の『ギャラリーフェイク』では、主人公のフジタが海外で「失(う)せな、コロナ日本人!」などと言われる場面もあります。おそらくこうした描写の数々は、100年後の人たちが見たら奇妙に思うことでしょうが、“いま”を生きる漫画家たちとしては、描かないわけにはいかないのでしょう。

――本サイトでは、漫画家以外にも、映画や音楽など、あらゆるエンタメに携わる著名人にインタビューをさせていただいていますが、みなさん表現者として、このパンデミックを悲観するだけでなく、作品に昇華すべきじゃないかと話されているのをよく耳にしました。

島田:その通りだと思います。先ほど言ったことの繰り返しになりますが、ドキュメンタリーやノンフィクションでは伝え切れないことを伝えてくれるのがフィクション(創作)です。たとえば、浅野いにお先生の『デデデデ』は、東京上空に巨大なUFOが現れるSF作品ですが、東日本大震災を彷彿とさせる描写が随所にあり、2014年の連載開始時の反響も大きかった。それがまた、コロナ禍の現状にもリンクする部分があり、再び“時代の書”として注目を集めています。

 ただ、浅野先生も本書で答えてくれていますが、そういうディストピアめいた物語を描きながらも、作者としては別に「世界なんか滅びてしまえ」と思っているわけじゃないんですよ。むしろ、震災やパンデミックのような未曾有の事態が訪れた世界で、どういう風に生きていくべきかを、読者それぞれに考えてほしいのだとおっしゃっています。

 くどいようですが、漫画が、フィクションが、多くの人々に何を与えているのか。あるいは、何を考えさせてくれるのか。私も本書を作っていくなかで、こんなご時世だからこそ、創作の手を止めてはならないんだと強く噛み締めるところがありました。藤田和日郎先生も、SFやホラーを描く漫画家たちの想像力が、いまこそ問われているとおっしゃっていますね。

――本書に登場している漫画家さんたちは、そうした創作を何十年も続けてこられた方ばかりですよね。

島田:ええ。特に、先日亡くなったさいとう・たかを先生に至っては、60年以上ものあいだ、この浮き沈みの激しい漫画業界でトップを走り続けられたわけです。すごいとしか言いようがありません。たしか、ちばてつや先生も同じくらいの画業年数だったかな。まあ、おふたりとも怪物というか、なかなかマネのできることではないと思いますが。さいとう先生が本書の巻末で若い人たちに向けて語ってくださったメッセージは、かなり心に沁みるものがあると思いますので、ぜひお読みください。また、終戦後、満州から命からがら帰国されたちば先生の言葉もグッとくるものがあると思います。

 今回、『コロナと漫画』という本を出させていただきましたけど、それは私が漫画業界の人間だったからで、「コロナと映画」や、「コロナと音楽」など、さまざまな表現ジャンルごとに、きっと関わっている人たちのいろんな想いがあると思います。でも、エンタメ業界に生きる人間としては、いますべき創作活動をひたすら続けるしかないんですよね。インタビューのなかで細野不二彦先生もおっしゃっていますが、大事なのは「続ける」ことと「忘れない」こと。そして、漫画は、エンタメは、本当に不要不急なのか? 本書に記された7人の漫画家が語る創作への想いから、“フィクションの力”を感じてもらえたら幸いです。

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