マルチ商法にハマった作者による描写が生々しい『マルチの子』 承認欲求に取り憑かれた人間の業

『マルチの子』承認されたい人の業

 作者は、こうした承認欲求の行き着く先まで描いている。いざゴールド会員になっても儲けは少なく、交通費にも困る真瑠子は、妹や父の定期を借りたりする。HTFから分裂したSBJFという新たなネットワークビジネスの組織に移るが、なかなか上手くいかず、いつしか借金が数百万円に膨れ上がる。そして仮想通貨を使ったネットワークビジネスに参加するのだが、ついにカタストロフを迎えることになるのだ。

 読んでいるこちらとしては、借金をしてまで売り上げを作る時点で、真瑠子のネットワークビジネスが駄目なことが分かる。しかし承認欲求に目がくらんだ彼女は、破滅するまで突っ走ってしまうのだ。そんな真瑠子に同情していると、エピローグで冷や水を浴びせられる。

 HTF時代から真瑠子がライバル視していた女性が現れ、意外な事実が明らかになるのだ。西尾潤、容赦ないなあ。破滅しても終わることなき、真瑠子の承認欲求地獄を予感させるラストに戦慄してしまうのである。

 なお本書は、作者自身の体験を元ネタとしているという。「週刊ポスト」に掲載されたインタビューによると、20歳でマルチ商法の世界に入った作者は、最年少でランク保持者になり、月収は七桁を超えたそうだ。しかし最終的に七百万の借金を抱え、それが親にバレたことで返済生活に入る。このような体験から本書が生まれたのだ。そして自分がマルチ商法にハマった理由を〝〈自分は特別だ〉と勘違いしたことが大きいと思う〟と述べている。

 かつて作者は、マルチ商法で承認欲求を満たした。そして今は、小説を世に問うことで承認欲求を満たそうとしている……という、過去と現在を繋ぐ生々しい表現であるようにも思える。作者の意図の外にある、ちょっと意地悪な見方だろうか、承認欲求地獄を描いた本書そのものが、終わることなき承認欲求地獄を示しているように感じられるのである。

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