『少年ジャンプ』副編集長が語る“最強の企画”「描きたいことを好きに描いていいと知ってほしい」
『少年ジャンプ』編集部が、本気でマンガの世界を志している若い人たちに向けて刊行した『描きたい!!を信じる―少年ジャンプがどうしても伝えたいマンガの描き方―』(集英社)という本が、いま注目を集めている。そこで、同書の企画・編集者である齊藤優氏(『週刊少年ジャンプ』副編集長)に、これから先の未来を作っていく新人作家の重要性や、なぜいまこうした新しい世代に向けたマンガの教則本を出したのか、そして、そもそも「おもしろいマンガ」とはいったい何か――などについて訊いた。(島田一志)
多くの人が「マンガを描きたい」と思える本を
――かつては石ノ森章太郎先生の『マンガ家入門』をはじめ、若い人たちに「マンガを描きたい!」と思わせるような名著がいくつかあったものですが、そういう本はここ最近ではめっきり減っていますよね。もちろん、高度な作画テクニックや物語作りの理論が書かれた専門書はそれなりの数が出版されていますが、今回の『描きたい!!を信じる』のような、初心者に向けて広く、マンガを描くことの楽しさや厳しさを伝えようとしている本はあまりないような気がします。
齊藤:おかげさまでここ2、3年は『ONE PIECE』をはじめとする長期の人気連載以外にも、『鬼滅の刃』や『チェンソーマン』、『呪術廻戦』といったヒット作・話題作が立て続けに生まれているせいか、もともと多かった新人作家の持ち込みや投稿の数が、さらに増えているんです。そしてありがたいことにその数は一向に減りそうにありません。だったらそうした、初めてマンガを描こうとしている若い人たちに向けての「新しい入門書」を出そうか、というのがそもそもの発端でした。
おっしゃるように、いまは専門的なマンガの技法書はたくさんありますけど、その前の段階の、つまり、マンガを描き始めたばかりの人たちに向けた本は少ない。いきなりキャラクター・メイキングがどうとか、ハリウッドのストーリー構成が……といわれたって、ほとんどの人はついていけない。そういう小難しい理論は置いといて、まずは描きたいことを好きに描いていいものなんだと知ってほしい。だから本書の最大のテーマは、タイトルにもあるように「描きたい!!」という気持ちを信じよう、ということなんです。
もちろん、デジタル・アナログ両方の作画の方法など、あくまでも初歩的なものではありますが、テクニック面での情報も充実していますので、技法書としての実用性もあるかと思います。
――本のおおまかな流れとしては、マンガ家志望の「コーセイ」君に、『少年ジャンプ』編集部の「サイトウ」さんたちがマンガ作りのノウハウを一(いち)から伝授していくという会話劇、つまり、ある種の「物語」が縦軸としてあるので、非常に読みやすいですね。
齊藤:ありがとうございます。なので読者の方は、まずは本書の「主人公」であるコーセイ君になったつもりで読み進んでいただけると、よりリアルな形でさまざまなマンガの作り方が頭に入ってくるかと思います。
新人作家が未来を作っていく
――『少年ジャンプ』という雑誌は昔から、予想もつかないようなマンガを描く新人がいきなり現われ、時代を変えていくような印象がありますが、やはり編集部としては、新人作家の育成にはかなりの時間をかけていますか。
齊藤:はい。私が新入社員の頃、当時の編集長に「マンガ誌の最強の企画は、新人作家の新連載」と教えられたのですが、本当にその通りだなと。『ジャンプ』ではそのためにできるかぎりの投資もフォローもしています。むろん、雑誌や出版社によってそれぞれの考え方があっていいと思いますが、少なくとも『少年ジャンプ』編集部では、他誌の人気作家を引っ張ってくるというよりは、『ジャンプ』を第一に志望して来てくれた新人マンガ家さんと切磋琢磨して、ともにヒット作を作り上げていくケースが多いですね。
――ちなみに『ジャンプ』本誌や単行本などを作る通常の業務だけでもたいへんな仕事量だと思いますが、編集部のみなさんは、どれくらい新人作家と向き合う時間を作っているのでしょうか。
齊藤:具体的に計算はしていませんが、結構な時間を新人作家さんのために割いています。これは私に限らずだと思いますが、「ここからここまで」というふうにひとつひとつの仕事を区切っているわけじゃなくて、いろんなことを並行してやっているからこそできているんじゃないかと思いますね。
いずれにしても、繰り返しになりますが、雑誌の先を見据えた場合、新人作家さんの発掘・育成こそが『ジャンプ』の編集者がもっとも力を注ぐべき仕事のひとつだともいえますから、自分が副編集長になったいまは、現場の若い編集者たちがその仕事になるべく多くの時間を充てられるように、陰からフォローしているつもりです。
「おもしろいマンガ」とは「“新しさ”があるマンガ」のこと
――『描きたい!!を信じる』に話を戻しますが、この本では、「おもしろさは人それぞれだ」というようなことも書かれていますよね。齊藤さんはどういうマンガを「おもしろい」と考えていますか。
齊藤:「おもしろいマンガ」を言葉で説明するのはなかなか難しいものがありますが……個人的な意見では、「なんでもいいので、“新しさ”があるマンガ」です。「何もかも斬新!」を目指すとかなりハードルは上がってしまうので、まずは絵でも、テーマでも、言葉のセンスでも、なんでもいいんです。何かひとつだけでも読んだ人をオッと思わせる、新しい部分さえあれば。
今回の本の中でも、尾田栄一郎先生が「マンガを描く時に心がけていることは?」という質問に、「新しいものを見せたい」と答えられていて、それを見た瞬間、脱帽しました。20年以上週刊連載でトップを走り続けながら、いまだにそういうことを考えられているわけですから。そういう怪物作家さんたちと同じ土俵で新人作家さんは戦わないといけないので、「何か新しいことやってカマしてやろう!」という企みはあったほうがいいでしょうね。