「少年ジャンプ+」編集長が語る、画期的マンガアプリ誕生の背景 「オリジナルマンガで行くという戦略は間違っていなかった」

「少年ジャンプ+」編集長インタビュー

 「少年ジャンプ+」が絶好調だ。連載中の『SPY×FAMILY』(遠藤達哉・著)は3巻で紙と電子合わせて200万部を突破し、宝島社『このマンガがすごい! 2020』オトコ編で第1位。読み切りでは『DEATH NOTE』(原作・大場つぐみ、漫画・小畑健)の新作読切ネームや『歯医者さん、あタってます!』(山崎将・著)などが次々にバズを起こしている。「少年ジャンプ+」連載の 『ファイアパンチ』で話題を呼んだ藤本タツキ氏は「週刊少年ジャンプ」で『チェンソーマン』を連載して人気を博すなど、新たな才能の発信源にもなっている。2019年春のリニューアル以降の「少年ジャンプ+」について編集長の細野修平氏に訊いた。(飯田一史)

画期的な“初回無料”モデルが生まれた背景

――2019年4月のリニューアル以降、個人的にも「少年ジャンプ+」の利用頻度が増えた実感があります。リニューアルの意図から教えてください。

細野:簡潔に申し上げると「初めてアプリをダウンロードした人が無料で読める部分を増やすこと」です。それまでの「少年ジャンプ+」は、連載作品がバズッたり、話題になったとしてもコインが無いと「冒頭3話と最新3話しか無料で読めない」という仕様になっており、「途中の話はコインがないと読めないから最新話に追いつけない」という声が多くありました。我々は「少年ジャンプ+」というアプリ上で中途半端な利益を得たいのではなく、もっとマンガを広げたい、多くの人に読まれたいと思っていましたから、「少年ジャンプ+」を初出にしたオリジナル連載作品に関しては「初回無料」というかたちにリニューアルしました。

――2回以上読みたければアプリ上でコインを手に入れて読むか、コミックスを買うか、というのが 「初回無料」ですね。他のほとんどのマンガアプリは1回4枚、1日2回のチケット制か、一定時間経つと1話読めるという「待てば無料」モデルですよね。この「初回無料」モデルは「少年ジャンプ+」の“発明”だと思いますので、もう少し誕生の経緯を語っていただけませんか。

細野:リニューアル以前は「新規で流入してきてくれた読者にどう読み続けてもらうか?」という悩みがありました。リニューアル前は読める範囲の無料/有料の区分が明確でしたが、そのわりにコインを配ることは多くなかった。内部では「もっとコインをたくさん配ろうか」という議論もあったものの、解決策として本質的ではないと思っていました。あるいは「全部無料にする」という意見もありましたが「さすがにそれは違うんじゃないか」と。そんな風に話しているうちに「アプリなんだから『1回読んだ』ということは判定できる」と気づき、「一度読んで好きになってくれたら2回目以降はお金を払って読んでくれるだろう」という着地点を見つけました。

――「1回読んでおもしろければコミックスを買ってくれるだろう」というのは読者に対する信頼と自信がないとできないことだとは思いますが、「初回無料」は画期的でした。意外とほかのマンガアプリには広がらないですが......。

細野:初回無料は短期的な利益を追求する目標で作っていないアプリだったからできたことだと思います。他社のように「最新話を先読みするにはコインが必要」にすることも可能でしたし、やれば売上は立つかもしれません。しかし、それよりも「たくさんの読者が読んでくれる」ことを選んで最新話も無料にしています。

「オリジナルマンガを読む場所」という意識が定着してMAU300万に

『SPY×FAMILY』1巻(遠藤達哉・著)

 ――ちなみに今のユーザーの属性は?

細野:平均年齢は 24,5 歳で、60~65%くらいが男性ですが、女性読者が多い作品、男性読者が多い作品は分かれています。特に 『SPY×FAMILY』は女性読者も多く、連載が始まって以降、アプリ全体の女性読者数の割合を5%近く増やすくらい勢いがあります。

――ここ1~2年で編集部自体の変化はありますか?

細野:増員しています。社外スタッフ、編集スタッフ以外も含めると17人になりました。

――「少年ジャンプ+」ではアプリオリジナル連載、オリジナルの読み切り、メディアミックス案件の新作マンガ、「週刊少年ジャンプ」の過去作品の4種類が配信されていますが、どんなバランスで配信していますか?

細野:リニューアル以降は基本的にトップページの画面に「週刊少年ジャンプ」の過去作品は置かないようにしました。すべて「今だけ無料」というタブに移しています。「少年ジャンプ+」以外でも読めるディレイ連載(他誌で掲載された後に掲載されるもの)についてもトップに置かない。「少年ジャンプ+」は「オリジナルマンガを読むアプリですよ」というメッセージです。数字を見ているとリニューアル後は読者も「オリジナルマンガを読む場所」と思ってくれているのかな、と感じます。

――オリジナル作品の力で読者数が伸びている?

細野:リニューアルとほぼ同じタイミングで『SPY×FAMILY』が始まり、作品の評判を聞いて読んだ人たちがアプリに定着してくれるという相乗効果となってアクティブユーザーが増えています。現在アプリのダウンロード数は1300万、MAU(マンスリーアクティブユーザー)は300万、DAU(デイリーアクティブユーザー)は110万人になっています。ただこれはアプリだけの数字で、ブラウザも入れるとさらに多くなります。

――「マンガアプリ」だけだと作品が SNS 上でシェアしづらい/されづらい (シェアされた作品を読みたいと思ったときにわざわざアプリをダウンロード しなければ読めない)という問題があります。でも「少年ジャンプ+」はウェブブラウザ版を用意することでアプリをDLしなくても読めるようにしているんですよね。SNS上で読み切りのシェアURLが流れてくるのをよく見ます。

細野:読み切りがバズると流入はウェブの方が多いですね。紙の雑誌だと読み切り作品は「連載を見据えて」掲載することが多く、将来的に連載にならなそうな読み切りはあまり載せません。しかし「少年ジャンプ+」は連載を見越した読み切りに限らず、読み切りとしておもしろいもの、尖りがあるものは載せようというスタンスでやっています。それがバズりやすさにつながっているのかなと。もともとは新人育成目的で読み切りを積極的に載せていこうと始めたものですが、「少年ジャンプ+」の宣伝としても効果があったのは発見でした。最近では読み切りがバズると「また『少年ジャンプ+』だ」 と期待して読みに来てくれている感覚があります。

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