島本理生×大塚 愛が語る、恋愛と創作 「恋愛の失敗もいつかネタになるし、昇華できる」

島本理生×大塚 愛が語る、“大人の恋愛”

島本「年齢を重ねるたびに、だんだんと主人公も強くなっている」

島本理生

大塚:私は、自分で書いたものもそうなんですけど、さらっと爽やかに、いい感じの部分だけとったものがあまり好きじゃないんです。島本さんの作品には、人の醜いところやずるいところ、卑怯なところがしっかり描かれている。だからこそ、この人たちどうなっていくんだろう、って知りたくなってしまうんですよね。そして、どんなに傷ついたとしても、女の人がちゃんと強くなっていく姿が、読んでいて救いになるというか。

島本:小説を書きはじめた10代の頃は、すごく繊細な作風だ、みたいに評価されることが多かったんですけど、私自身が年齢を重ねるたびに、だんだんと主人公も強くなっているような実感はありますね。自分のことを書いているわけではないですが、やはり、私のなかから生まれるものなので。特に『Red』は、子供を産んだあとというのが大きかったと思います。それまでの、自分ひとりで生きている感覚と、頭の片隅に常に子供のことがある状態はまるで違うし、身体の感覚も変わってしまった。よくも悪くも、いつまでもひとり繊細なままではいられないな、と思うようになりましたね。

――『2020年の恋人たち』の主人公も、これまでの作品に比べて強くなったような印象を受けました。男性に傷つけられ、恋愛に迷うことはありつつも、自分の力で生きていく足場が、しっかりしていたような。

島本:主人公の年齢も影響していると思います。これまでの主人公たちは若かった分、恋愛だけでなく、自分がどう生きていきたいのかが定まっていなかったりもした。恋愛以外の人間関係においても、自分に自信が持てず、うまく主張することができなかったり、自分に何が必要なのか、何を望んでいるのか、わからないから迷い続けていたんですね。でも私自身、30代になってからは、そうした迷いが一つずつ減っていって。不安定な恋愛を、小説のなかでそれほど描かなくてもいいのではないか、と思いはじめたのは大きな変化だと思います。

大塚:島本さんの小説で、主人公たちがどんどん変化していくのは、人との出会いをちゃんと糧にしているからだと思うんですよ。私は、自分が駄目人間だと自覚しているので、どうやって補正していくかをずっと考えてきた。で、やっぱり、一人では変われないんですよね。「こんなふうになりたい」と思える人。「こうはなりたくない」と思う人。どちらとの出会いも必要で、その過程で、迷いや不安定さがなくなっていくんだと思うんですけど、女はそうやって変わっていくのに対し、男は本当に変わらないですよね。

島本:あはは(笑)。たしかに、変わらない自分こそを大事にしている男性は多いかもしれない。

――言われてみれば、『2020年の恋人たち』に登場する男性陣も、けっきょく変わんないなって人が多い気がします。「ああ、またしょうもないことやってる」とか「また連絡してきた」とか。

大塚:偏見かもしれないけど(笑)。男の人って「変わってねえな、何十年経っても」って思う人がほとんど。女性に対しては、見た目も考え方も「すごく変わったね!」って思うこと、多いのに。なんなんだろう、そういう生き物なのかな。

島本:私には息子がいるんですが、夫は息子に厳しくても、私はついついそのままでいいよと言ってしまいがちで、そういうのもあるのかな。母親に全肯定されるところからスタートしても、赤の他人の女の子には拒絶されないわけじゃないよ! ということはちゃんと教えないとな、とは思います。

――島本さんの小説には母娘の確執もよく描かれますが、娘は母に全肯定されるわけじゃない、という意識があるんですか?

島本:ありますね。父と息子でもそうかもしれないですが、同性の親のほうが、自分の理想像や失敗から得た感覚を重ねてしまいやすいのかな、と。それが愛情であっても、自分と近い分、距離感が難しい部分はあると思います。

大塚:同性のほうが難しいですよね。私にも娘がいるので、そっちにいかないほうがいいよ、とか、こうしたほうがうまくいくよ、っていう私の経験則で誘導しちゃいそうになるんですよね。顔とか、身体とか、いろんな意味でそっくりだから。でも、距離が近くなりすぎると私も向こうも苦しくなってしまう。だから、全部やってあげちゃうよりは、一人でできるように家事でもなんでも教えこむほうがいいのかな、って思いますね。それでかわりにやってくれるようになったら、私もラクだし(笑)。

――島本さんの小説は、けっきょく変わらない、という諦めもありつつ、どこか男性のことを諦めていない感じもありますよね。それこそ、男性の醜さや狡さも全否定しないというか。

島本:作家として、とりあえず深く関わってみないとどういう人かわからないよね、というの好奇心が起点になっているんだと思います。私、小学校3年生のときに、すごく好きだった男の子が想いを告げられないまま転校しちゃって。そのときから、何もしないで後悔するより、当たって砕けたほうがいいなと思うようになったんですよね。とりあえず好きになったら好きだと言って、フラれたらがっかり、うまくいったらラッキー、みたいな小3精神をずっと抱き続けていたんです。ただ、さすがにこの年齢になってみると、「あれはいらない経験だったな」「挑戦しなくてもよかったな」みたいなこともあって(笑)。

大塚:わかる(笑)。

島本:だから今後の小説では、そこまで体を張って砕ける必要はないかも、みたいなことも書いていきたいなと思っています。

大塚:でも何かを創る仕事って、生きていることがある意味ネタづくりの一環じゃないですか(笑)。恋愛の失敗も、ろくでもなかった!みたいなことも、まあいつかネタになるし、と思えば昇華できる。そういうこと、ありません?

島本:ありますね。だから実は、ひどい裏切りにあったり傷ついたりした恋愛って、そこまでマイナスでもなくて。いちばんマイナスなのは、短編1本分にもならなかった、っていう……。

大塚:わかる!(笑) どうせならネタになるまで盛りあげてよ!って。

島本:仕事にもならなかったし、幸せにもならなかった、ていうのが、いちばん切ないですね(笑)。時間と心だけが消費されちゃうから。

大塚:こういう職業じゃなかったとしても、のちのちその経験のおかげで素敵な人にめぐりあえたとか、いい方向に繋がってくれないと悔しいですよね。でもそういう意味でも、女性は変われる生き物だから……。どんどん吸収して、なりたい自分というか、こうありたいって姿を見つけて、強く舵を切っていけばいいと思います。

大塚「自分の好きな人が自分を好きになるということは奇跡」

――お二人が考える、大人の恋愛に必要なものってなんですか?

大塚:仕事に影響させないこと?(笑) 若いときのほうが、感情にコントロールがきかないし、自分を抑制できないから、とんでもなく迷惑かけたこともあります。恋人に対して怒りが湧いたら解決しないと仕事できない、みたいな……そういうのを繰り返した結果、もうやめようと思って、大人になっていきましたけど。

島本:若いうちから仕事をしてきた人の“あるある”ですよね。私も仕事の移動中、タクシーの中で電話で恋人と大喧嘩したことがあります(笑)。隣に座ってた担当さんは、当然、一言も喋らなくて……今思うと恥ずかしくてしょうがない。ただ、若いころは、ふりまわされてしまうぶん、恋愛に救われているようなところもあったんですけど、最近は、それですべてを救われることってなかったなあと思うようになった。それとこれとは別問題なんだな、って思うようになったのは、大人になったからかもしれませんね。

大塚:子供が生まれたのも、大きいかもしれませんね。私にどんな切迫した事情があっても、赤ちゃんには関係ないし、放って優先なんてさせられない。そうしたら、激しく怒っていたとしても、いったん横に置いておくしかなくて。落ち着いたときにあらためてその怒りを戻して仕切り直し、みたいな作業を強制的にくりかえしていくうちに、自然と「いったん置く」ができるようになっていった。

島本:「いったん置く」は、たしかに大人の恋愛に必要なことかもしれませんね。

――お二人が、大人になった今も恋愛ソングや小説を制作していく醍醐味は、どんなところにありますか?

大塚:松任谷由実さんが、恋愛は交通事故とか風邪をひくようなもんだ、っておっしゃってたことがあって。ようするに、通常の状態じゃないわけですよね。あくまで、オプション。自分のベースではない。でもそのオプションがあることで、いつもの晴れた空が二倍眩しく見えたり、ごはんがおいしくなったりする。「楽しい」を増幅させてくれるひとつだから、なければないでいいけど、あったらあったでいいよね。っていうのが恋愛だし、ラブソングかなあと最近、私は思います。でも、自分の好きな人が自分を好きになるということは奇跡で、そんな奇跡にある幸せだったりそこに絡む切なさや葛藤はとても面白い時間なので、これからもそれを音楽に詰め込められたらいいですね。

島本:恋愛してるときの男女って、ともに書くのがおもしろいんですよね。「この人、こんな人だっけ?」という顔を書けるのがやっぱりいちばんの魅力。あと、私は人の弱いところを書くのが好きなんですけど、恋愛って、ふだんその人がなかなかさらけだせない、かっこ悪いところもたくさん出てくる。恋愛を書きたいというよりは、恋愛を書くことで人の隠されていた部分を描いていきたいのだと思います。だから今はむしろ……恋愛じゃない形で人の素顔を書くのもいいな、と思ったりもする。

――たとえば?

島本:カテゴライズし難い信頼関係みたいなもの……。抽象的ですけど、私自身が以前ほど恋愛を主人公の最優先事項だと思わなくなったからこそ、年齢や性別や立場を取り払った、でもほかの相手では代替不可能だと思えるような関係性を描いてみたいな、と。今まではカテゴリーしづらいと敬遠されていたものが、むしろ今は必要とされる世の中になってきていると感じているので。

大塚:若いときはどうしても、相手が何をしてくれたとか、自分はこんなに好きなのにとか考えがちだけど、大人になるにつれてだんだん、その人と一緒にいると幸せ、っていう気持ちのほうが大事だと思えるようになってきた。たとえばコロナで、なかなか恋愛しづらい状況だったとしても、会えない日に自分がなにを想っているか、会えた日はどんなに幸せか、ってことをシンプルに伝えていきたい。そのことを、必ずしも恋愛ってカテゴリーで括る必要はないのかなとも思いますし。だから私、島本さんの『2020年の恋人たち』のラスト、すごく好きです。〈してもしなくてもいいのだ、と気付いた。恋なんて。誰に強いられることもなく自分で臨んだのなら、どちらだって。まして大事なものは一つじゃなくてもいい。〉〈ただ一つ、「私」を手放さなければいいのだ〉っていうあたり。

島本:ありがとうございます。うれしいです。ゲラを読みなおすのは苦痛かもしれませんが(笑)、そんな大塚さんの小説も、もっと読んでみたいので、楽しみにしていますね。

大塚:がんばります(笑)。

■島本理生
1983年、東京生まれ。2001年『シルエット』で第44回群像新人文学賞優秀作、03年『リトル・バイ・リトル』で第25回野間文芸新人賞、15年『Red』で第21回島清恋愛文学賞、18年『ファーストラヴ』で第159回直木賞を受賞。主な著書に『ナラタージュ』『大きな熊が来る前に、おやすみ。』『あられもない祈り』『夏の裁断』『匿名者のためのスピカ』『イノセント』『あなたの愛人の名前は』『夜はおしまい』など。最新刊『2020年の恋人たち』が好評発売中。

■大塚 愛
1982年、大阪府生まれ。シンガーソングライター。「さくらんぼ」「プラネタリウム」など多数のヒット曲を手がけるほか、楽曲提供や絵本制作、イラストレーション、さらには、初めての小説「開けちゃいけないんだよ」を「小説現代 2020年9月号」(講談社)に寄稿するなどマルチに活躍。最新作としてリメイクアルバム『犬塚 愛 One on One Collaboration』とライブ作品『LOVE IS BORN ~17th Anniversary 2020~』が好評発売中。

■書籍情報
『2020年の恋人たち』
島本理生 著
価格:1600円(税抜き)
出版社:中央公論新社
https://www.chuko.co.jp/tanko/2020/11/005279.html

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