Googleが結婚相手を決めてくれる未来は幸福なのか? 2068年の“ゼロリスク社会”で失われるもの

Googleが結婚相手を決めてくれる未来は幸福なのか? 2068年の“ゼロリスク社会”で失われるもの

 話題の音声SNS「Clubhouse」が気になっているが、誰にも招待してもらえず、なぜこれほど流行っているのか調べられない。自分の人望のなさに情けなくなるが、いまさら招待してくれる人を探すのも恥ずかしい。結果「興味のないふりをする」以外に選択肢のない私だったが、同SNSの運営企業が携帯電話に含まれる電話帳の情報を収集しているとのニュースが入ってきた*1。記事によれば、運営企業に渡った連絡先の情報がどのように使用されるかは不明だが、こうした情報収集の手法には問題が多いという。電話帳に残っている、いまでは連絡を取っていない古い知人、かつての会社の上司などの電話番号と自分のアカウントが紐づけられる事態も気まずいだろう。

 このニュースを聞いたとき、急に自分が勝ったような気がした。あわてて音声SNSに飛びついた連中は、電話帳というセンシティブな個人情報を、どこかの得体も知れない企業にまるごと引き渡してしまっているのだ。愚かである。私はそのような過ちはしない情報強者なのだ、と自分を納得させることで、音声SNSへの未練を断ち切ったのだが、実際この認識は正しいのだろうか。そもそもGmailを使っている時点で、あるいはスマホを持っている時点で、インターネットに接続している時点で、自分では見当もつかないほど貴重な情報を、第三者にそっくり手渡してしまっているのではないか? 新しいアプリの登録時やスマホのOS更新で出てくる「利用規約」など誰も読んでいないし、規約は利用者に読む意欲を失わせるよう長く複雑に書かれてある。われわれは日々使っているテクノロジーや、情報の送受信がどのような結末をもたらすかについて、ほとんど何も考えていない。

 日々高度化していくテクノロジーや情報に対する漠然とした不安を描いた小説として、昨年翻訳が刊行されて話題になったフランスの作家、マルク・デュガンの『透明性』(早川書房)が挙げられる。読み終えると、これから先の世界が暗澹たるものに思えてきて、手に取ったことを少し後悔してしまった。2068年を舞台にしたこの小説では、グーグルが独自の領土を持つ強大な国家になっている。人びとは、各種デバイスを通じてグーグルに個人情報を常時提供しており、GPSによる移動履歴、体内に埋め込んだチップから発信される健康状態などの情報をグーグルが買い取ることで、ベーシックインカム制度が成立しているという設定だ。

 小説内でのプライバシーは、富裕層にのみ許された贅沢品となり、貧しい人びとは完全なる透明性を受け入れることで生計を立てている。「プライバシーを全て諦め、チップ、探針、極小カメラを解して秒ごとに自分の動き、仕草、瞬きが他人に知られ、記録されて、使われる情報になるのを許した」場合、見返りの報酬が大きくなるのだ。その結果、たとえば登場人物が別の誰かと性行為をしている途中で、体内チップから発信された情報をもとに、携帯へ精力増進剤の宣伝メッセージが届くようになったりする。グーグルはいつ誰が性行為をしているのかをリアルタイムで把握しているのだ。

ユヴァル・ノア・ハラリ『21 Lessons 21世紀の人類のための21の思考』(河出書房新社)

 読むだけで嫌な気持ちになる小説である。もし現実にプライバシー情報の買い取りが始まったとして、どこまでを売ればいいのか。生活が苦しければ選択の余地はないだろう。ディストピア小説はどんよりとした読後感を目的として書かれてはいるが、これほど嫌な気持ちになるとは思わなかった。とはいえ、『透明性』が提起する問題に懸念を抱く人は多く、イスラエルの歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリが同様のテーマを論じた『21 Lessons 21世紀の人類のための21の思考』(河出書房新社)もヒット書籍となっている。『21 Lessons』もまた、読者を嫌な気持ちにさせる内容なのだが、『透明性』はハラリの議論にとても近い。わけても、AIと自由意志の問題についてはほぼ同じことを論じているといっていい。

 『透明性』の主人公は、いわゆる出会い系アプリを作る会社を経営していた。恋愛におけるゼロリスクを実現するのが主人公の目標であった。アルゴリズムを使って、最高のパートナーをレコメンドするのである。主人公はあるとき、「恋愛関係には根拠が欠けていることが多く、あっても曖昧で、それがのちに失敗に終わる理由である」と気づく。この失敗を回避するために、個々人の心理や性格、遺伝的傾向といった情報をあらかじめ利用者に提供してもらった上で、クライアント同士の相性をアルゴリズムに判断させる方法を考案する。たしかに、恋愛は失望と後悔の連続だ。誰しも「この人とすてきな関係が始まるのでは」と期待して出かけていったデートから、すっかり失望して帰ってきた経験があるだろう。こうしたリスクを回避することを主人公は目指した。

「人々はすぐ、恋愛という完全に誤ったロールプレイが引き起こす多くの不適切な行動由来の苦悩を回避できることに気づいた。家から一歩も出ずに、肉体的、精神的、倫理的に最も自分に相応しく、関心や趣味も共有できる人と知り合うことが可能なのだ。拒絶も幻滅ももうお終い。地球上にはあなたに完全に適合し、がっかりする危険のない男性あるいは女性がきっと存在する」(『透明性』)

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