なぜ日本でも“ミリタリーSF”は成立するようになった? 「星系出雲の兵站」シリーズ誕生の背景を探る

日本でミリタリーSFが生まれづらかった訳

 遥かなる未来。人類は播種船により植民した五星系で文明を栄えさせていた。異星からの侵略に対する脅迫観念から、人類は宇宙に飛び出したというが、すでに伝説であり本当のことは分からない。ただし、それにより人類コンソーシアムが生まれ、形骸化した部分はあるものの、今も異星の脅威に備えている。

 しかし異星の文明とのコンタクトは、思いもかけぬ形で始まった。辺境の壱岐星系で、人類以外のものらしき無人衛星が発見されたのだ。すでに人類は監視されていた。この非常事態に、出雲星系を根拠地とするコンソーシアム艦隊が派遣される。そして「ガイナス」と名付けられた謎の敵と、激しい戦いを繰り広げることになるのだった。

 本書の第1巻の帯に、「英雄の誕生とは、兵站の失敗に過ぎない。」と、デカデカと書いてあった。これには痺れた。戦争における兵站の重要性はいうまでもないが、ミリタリーSFやファンタジー戦記で、この点に重きを置いたものは少ない。さすがはSFだけでなく、仮想戦記もので活躍している作者である。目の付け所が素晴らしい。

 と思ったら、兵站は物語の一要素にすぎなかった。出雲星系防衛軍の兵站監・火伏礼二も主人公ではなく、主要登場人物のひとりなのである。そう、本書は群像ドラマなのだ。

 出雲星系と壱岐星系の軍人と政治家を中心に、多数の人々が、「ガイナス」との戦いで混乱した時代を、それぞれの意思や思惑を抱いて生きていく。そんな人々の動きを通じて、人類の政治・経済・社会が、丸ごと描かれているのだ。まるでミリタリーSFの皮をかぶった全体小説である。魅力的な人物を躍動させながら、巨大なストーリーを創り上げた作者の手腕には、脱帽するしかない。

 さらに、てんこ盛りどころかメガ盛り状態のSFのアイデアも見逃せない。特に「ガイナス」の謎は凄かった。人類からすると、ちぐはぐにしか見えない「ガイナス」の行動。人型だが、人類とはかけ離れた「ガイナス兵」の正体(これには本当にビックリした)。ひとつの謎が明らかになると、別の謎が生まれる。この強烈な吸引力により、寝食を忘れた、至福の読書を体験できるのである。

 その一方で、戦闘シーンも、ガッチリと書き込まれている。コンソーシアム艦隊第一降下猟兵師団第一連隊第七中隊長(後に旅団長)のシャロン紫壇と、その部下たちの戦闘など、読む手に力が入るほど興奮した。ミリタリーを期待している人も堪能できるのである。

 ただし長い作品であるためか、最初は主要人物だったのに、後半では脇役になってしまう者もいる。顕著なのが、壱岐星系防衛軍軍務省第三管区軍事研究所主席分析官のブレンダ霧島だ。前半で彼女は「ガイナス」の謎に迫っていたが、後半になると壱岐方面艦隊第二一戦隊司令官の烏丸三樹夫に取って代わられる。おじゃる言葉を使う烏丸もいいキャラ(いうまでもなく映画『柳生一族の陰謀』で怪公家・烏丸少将に扮した成田三樹夫を意識している)だが、内容から考えて、ラストで「ガイナス」と対峙するのは、ブレンダ霧島の方が盛り上がったはずだ。物語の中でキャラが育ち、ストーリーが流動的になるのは当然なのだが、いささか気になってしまったのである。

 いや、こんなことを書くのも、登場人物の誰も彼もが魅力的だからだ。もしかしたら主要人物の中で、もっとも貧乏籤を引いたのではないかと思う、壱岐星系統合政府筆頭執政官のタオ迫水。タオの妻のクーリア迫水と、彼女と組んで暗躍する火伏の妻の朽綱八重。その他、多数の男女が、未曽有の事態の渦中で、自分の力を振り絞る。ああもう、全9巻では短すぎだ。全30巻くらいで、みんなの人生を見ていたかった。

■細谷正充
 1963年、埼玉県生まれ。文芸評論家。歴史時代小説、ミステリーなどのエンターテインメント作品を中心に、書評、解説を数多く執筆している。アンソロジーの編者としての著書も多い。主な編著書に『歴史・時代小説の快楽 読まなきゃ死ねない全100作ガイド』『井伊の赤備え 徳川四天王筆頭史譚』『名刀伝』『名刀伝(二)』『名城伝』などがある。

■書籍情報
『星系出雲の兵站』1巻(ハヤカワ文庫JA)
著者:林譲治
イラスト:Rey.Hori
出版社:早川書房
Amazonページ
出版社note紹介ページ

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