アガサ・クリスティーが産んだ名探偵、エルキュール・ポワロの知られざる一面とは?

エルキュール・ポワロに迫る“完全”ガイド

 そして何よりも圧巻なのは、メイドや執事をはじめとする家事使用人たちに向けられた熱いまなざしだ。英国文化を語るうえで欠かせない家事使用人の存在や、階級に触れる解説は、まさに久我の本領発揮といえるだろう。ネタバレを解禁したコラムでは、ポワロの探偵像や事件の動機分析といった要素だけでなく、メイドやお屋敷といったマニアックな視点も掘り下げられていく。

 例えば「家事使用人の制服」は、装い面からアプローチしたメイド研究者ならではのコラムだ。なぜメイドや執事が容疑者とはならないのかを解説した「家事使用人は透明な存在なのか?」は、推理小説における家事使用人の立ち位置を説明しており興味深い。ほかにも「あなたの家はどんな家? 事件現場になった家」は、英国文化研究者らしい観点からお屋敷事情を描いている。

 全体を通じてマニアックな視点が打ち出されているが、抜きん出た知識量と、その知識を読者にわかりやすく伝える読みやすい文体はなんとも心地よい。マニア性とバランス感覚に優れた記述は、久我真樹著作の特徴であり、最大の魅力だ。

 ところで、クリスティーの日本語版は、早川書房が翻訳独占契約を結んでいる。「クリスティー文庫」にはほぼすべての作品が収録され、2020年5月からは6カ月連続の新訳刊行企画が進行中だ。また「ハヤカワ・ジュニア・ミステリ」でも、アガサ・クリスティーの傑作集が続々と刊行され、大反響を呼んでいる。原作小説読者にとっても、『『名探偵ポワロ』完全ガイド』はクリスティー世界のよき手引きとなるはずだ。アニバーサリー・イヤーを彩る一冊として、クリスティーの著作とあわせて楽しみたい。

■嵯峨景子
1979年、北海道生まれ。フリーライター。出版文化を中心に幅広いジャンルの調査や執筆を手がける。著書に『氷室冴子とその時代』や『コバルト文庫で辿る少女小説変遷史』など。Twitter:@k_saga

■書籍情報
『『名探偵ポワロ』完全ガイド』(星海社新書)
著者:久我真樹
イラスト:umegrafix
出版社:講談社

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