もしも自分の全てを捧げた“推し”が炎上したら……『推し、燃ゆ』が描く、新しい愛の形

『推し、燃ゆ』で描かれた新しい愛の形

一刻も早く、あの熱に充ちた会場へ戻りたかった。推しの歌を永遠にあたしのなかに響かせていたかった。最後の瞬間を見とどけて手許に何もなくなってしまったら、この先どうやって過ごしていけばいいのかわからない。推しを推さないあたしはあたしじゃなかった。推しのいない人生は余生だった。

 わずか十何年しか生きていないひとりの女の子が、大好きな人を失って、残りの人生は「余生」だと言った。これが愛じゃなかったらなんなんだろう。目の前にいる相手じゃないとダメだとか、アイドルにお金をかけることは遊びだとか、そんな言葉は全部無視していい。

 今この瞬間の推しの姿はそのときしか見られない。いつこの愛を伝えられなくなってしまうかわからないなら、全力で愛を叫び続けるしかない。「推しは命にかかわるからね」推しを推すことは生きることと同義だ。わからない人間は放っておけばいい。触れられる相手じゃなくても、向こうは自分のことを永遠に知ることがなくても、好きという気持ちが生まれることだってある。あかりはブログにこう綴る。

それで肝心の推しですが、言わずもがな、最高でした。左から二番目に降り立った推しが青い鱗みたいにきらきらした衣装着て、息をしているんです。天女かと思った。オペラグラスで追い始めると、世界いっぱい、推しだけしか見えなくなるんです。汗で濡れた頬をかたくしてあの鋭い目つきで前方を睨んで、髪が揺れてこめかみが見え隠れして、生きてるなって思います。推しが生きてる。右の口角だけ持ち上がるせいで意地悪そうに見える笑顔とか舞台に立つと極端に数の少なくなるまばたきとか、重力を完全に無視したかろやかなステップとか追っていたら、骨の髄から熱くなりました。最後なんだって思いました。

 別れは前触れもなく、突然訪れるかもしれない。推しがいる人は今のその想いを大切にしてほしい。自分の気持ちに貪欲でいよう。生きることと直結するくらいの推しに出会えたなら、きっとそれは奇跡だ。

■ふじこ
兼業ライター。小説、ノンフィクション、サブカル本を中心に月に十数冊の本を読む。週末はもっぱら読書をするか芸人さんの配信アーカイブを見て過ごす。Twitter:@245pro

■書籍情報
『推し、燃ゆ』
著者:宇佐見りん
出版社:河出書房新社
価格:本体1,400円
出版社サイト

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