凪良ゆう × 橋本絵莉子 特別対談:小説家と音楽家、それぞれの「シャングリラ」

凪良ゆう × 橋本絵莉子 特別対談

凪良「小説で書いちゃいけないことはない」

橋本:凪良さんはそもそも、なぜ1カ月後に人類が滅亡する世界を描こうと考えたんですか。

凪良:もともと滅亡ものが好きだったからですね(笑)。ずっといつかは書いてみたいと思っていたけれど、なかなか挑戦しづらいジャンルで、おそらく力量も不足していました。いろんな小説を書いてきて、ようやく書ける時期がきたなと思ったんです。ところが今年に入ってコロナがやってきて、果たして本当にいま書くべきテーマなのかと悩んだんですけれど、担当編集の金森航平さんが「むしろいまこそ書くべきテーマだと思います」と背中を押してくれて。結果的に、いい時期に出せたと思います。

橋本:本当にこういう時期だからこそ、すごくリアルに感じることができる小説だと思います。それに、本にはなんとなくタブーがないような気がしていて。実際のところ、書いてはいけないことってあるんですか?

凪良:ないですね。勝手に忖度して書かないことがあるだけで(笑)。だからそこを突破して、書きたいことを思いっきり書いている人はすごいなと思います。最近、読んで衝撃を受けたのは吉村萬壱さんの『臣女(おみおんな)』という小説で、ある一組の夫婦の話なんですけど、奥さんがどんどん巨大化していくんですよ。その大きくなっていく様がリアルで、汚物が垂れ流しになったり、一部が腐って流れ出たりする。吉村さんはなぜこんなに特殊な題材を選んだのだろうと考えたんですけれど、そこにはきっと作家としての必然性があったはずで、実際にこの作品は「第22回島清恋愛文学賞」を受賞するなど高く評価されました。すごくグロテスクな話だけれど、れっきとした恋愛小説でもあって、旦那さんは自分の人生が破滅していくのも構わず、献身的に巨大化していく奥さんの面倒をみるんです。小説で書いちゃいけないことはないんだって、改めて思いました。

橋本:怖いけど、たしかに恋愛小説ですね。私はかつて、ファンの方から「聴いて元気をもらいました」という感想をすごくたくさんもらって、そういう救いというか、薬みたいな効能がある曲がもっと必要なのかなと思った時期もあったんです。歌詞としてわかりやすい意味があったほうがいいのかなとか、でもそういう声に応えていくのはどうなんだろうって葛藤したりとか。今はもうあんまり考えていないんですけれど、凪良さんはどうですか? 

凪良:読むとほっこりするとか、ちょっと心が楽になる小説とかは、たしかに多いと思いますし、実際に読者に求められている部分はあるでしょう。でも、編集者に「世間でほっこり系が流行っているから、次はほっこり系で行きましょう」って言われたら、「いや、絶対に書かない!」ってなりますね(笑)。早く私もなにも考えない、橋本さんの境地に達したいです。

凪良「すべての創作物は鑑賞者にとっての鏡のようなもの」

橋本:『滅びの前のシャングリラ』には、4人の主人公が出てきますが、人々の関係性を描くうえで意識していることはありますか。

凪良:私は基本的に、人と人は理解しあえないと思っていて、まずはそこからスタートするのが大事だと考えています。頑張れば理解できるんじゃないかと考えると、むしろそれが理解の足かせになってしまうこともある。わからないときはわからないといって、おたがいに干渉し合わないということも、ときに必要だと思います。

 たとえばSNSだと、表立ってなにかをいうときはあまり暗くない発言をしておこう、優しいことをいっておこうという同調圧力的な空気を感じます。その方が人間関係がうまく回るというのもよくわかるし、それはそれで正しいかもしれないけれど、あまりにもその圧力がきつくなると、本当にいいたいことがいえない世の中になっていく。だから、人間関係は「お前とはわかりあえない」というところからスタートする方がいいと思うんです。わかりあえないことを認めた個人同士が、それでも繋がっていく過程を、小説の中で描きたいと思っています。

橋本:すごく素敵な考え方だと思います。私もそれくらいに考えていた方がずっと楽だし、だからこそ人と違うことが楽しめるんじゃないかなと、この本を読んでいても思いました。私が会ってしゃべったことがないような人々が出てきて、基本的にわかりあえないだろうなと感じるんですけれど、それでもちょっと共感ができる瞬間がある。そこがすごく面白かったです。

凪良:読んでくれる人の心が開いていないと、そういう感想にはならないと思うので、本当にありがたいです。私が「人と人は理解しあえない」というと、「もっと世の中に希望を持とうよ」みたいにいわれることも少なくないのですが、心を開くというのはまた別の問題です。私はそもそも、人のために小説を書いているというより、自分のために書いているのですが、自分が好きで書いたものをオープンな心で読んでもらって、共感したり好きになってくれたりしたら、やっぱり嬉しいです。同じ小説でも、読む人によって感想は様々で、もちろん私の小説は好きじゃないという人もいると思います。でも、小説にせよ音楽にせよ、すべての創作物は鑑賞者にとっての鏡のようなものではないでしょうか。だから、私の作るものが「よく映る鏡」でありたいとは願っています。橋本さんは、ミュージシャンとしてご自身の作品がどんな風に鑑賞されると嬉しいか、理想はありますか。

橋本:『滅びの前のシャングリラ』の中で、Locoが意識しているクジラというミュージシャンが、世界が滅亡するというのにマイペースに配信を続けていて、それでLocoが嬉しくなるシーンがあるじゃないですか。「こんなときでもやっている」って。あのシーンが私はすごく好きで、クジラは幸福なミュージシャンだなと思うんです。創作物は、その人が作りたくて作るものだと思うのですが、その作る行為を見た人が、創作者の意図しないところで救われることがある。そういうところにも、創作物には凪良さんのおっしゃる鏡のような機能があって、小説家も音楽家もその意味では変わらない役割を担っていると思います。


■書籍情報
『滅びの前のシャングリラ』
凪良ゆう 著
発売日:10月8日
価格:本体1550円(税別)
出版社:中央公論新社
滅びの前のシャングリラ|特設ページ:https://www.chuko.co.jp/special/shangrila/

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