馳星周『少年と犬』が描き出す、人類最良の友の魅力 犬が繋げてくれた人の絆

馳星周が描いた人類最良の友「犬」

 強面の男が、犬にはデレデレになっている。馳星周が、犬を題材にした作品を書き始めたとき、そんな光景が浮かんだ。だって、作者が作者である。デビュー作『不夜城』から、ハードなノワールを発表していた作家ではないか。『ソウルメイト』や『雨降る森の犬』などを読み、こういう犬への愛に溢れた世界も内包していたのかと、驚いたものである。とはいえ物語の内容は、けして甘くはない。第163回直木賞を受賞した本書を見ても、そのことがよく分かるだろう。

 本書は“多聞”という犬と出会った、さまざまな人々の姿を描いた連作短篇集である。収録されているのは6作。冒頭の「男と犬」は、東日本大震災から半年が過ぎた仙台が舞台。

 中垣和正は、首輪のタグに多聞という名前の書かれた犬を拾った。シェパードと他の犬との雑種のようだ。行儀はよく、人のいうこともよく聞く多聞を、和正は飼い始める。といっても生活は苦しい。今は高校の先輩で、盗品の売買をしている沼口の下で、配達の仕事をしている。姉が認知症の母親の面倒を見ており、施設に入れたいと思っているが、現状では夢物語だ。

 そんなとき沼口から、外国人窃盗団の運転手の仕事を紹介される。仕事は上手くいき、予想外の金を得た。多聞を連れていくと、母親の調子もいい。もしかしたら幸せな日常を手に入れることができるのか。何度か運転手を務めて金を貯め、まともな仕事につこうと考える和正。だが……。

 大震災を機に、アンダーグラウンドの世界に転落した男が、犬との出会いを切っかけに、まともな道に戻ろうとする。詳しくは書かないが、非情な結末も含めて、いかにも作者らしい作品だ。そのストーリーの中から、人類最良の友といわれる犬の魅力が立ち上がってくるのである。

 続く「泥棒と犬」は、外国人窃盗団のひとりが、多聞を連れて逃亡の旅をする。多聞は常に一定の方角を気にかけている。どうやら何かあるらしい。この疑問が各話を貫く縦糸になっている。

 第3話は、ポンと時間が飛び、富山にある山道に、多聞が現れる。トレイルランニング中に多聞を拾った中山大貴は、アウトドアグッズの専門店のオーナーだが、夏はトレラン、秋から冬は山スキーに明け暮れている。生活を支えているのは、ネットショップを営む妻の紗英だ。隙間風の吹いている夫婦の関係を、それぞれ多聞に違った名前を付けることで表現した点が巧みである。またそこから、人間の身勝手さも自然と伝わってくるのだ。

 第4話「娼婦と犬」は、デートクラブで働きながら、クズ男に金を貢いでいる女性が、傷ついた多聞を拾う。本書の中で、もっともミステリー味の強い作品だ。第5話「老人と犬」は、癌で余命いくばくもない猟師のもとに、多聞が現れる。ヒロイズムを否定することで、逆に猟師の肖像を際立たせる手腕が鮮やかだ。

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