大河ドラマ再開が待ちきれない! 今村翔吾『じんかん』で松永久秀を追いかけよう
タイトルの「じんかん」とは人間のことであり、「人と人が織りなす間。つまりはこの世(p.114)」のことを指す。今村翔吾著『じんかん』(講談社)は、稀代の悪人と呼ばれた男、松永久秀の生涯を、大胆な新解釈で描くと共に、不条理に満ちた乱世を懸命に生きる人々の業と夢を描き切った、509ページにも及ぶ超大作である。
まず、509ページという分厚さに怯む人もいるのではないだろうか。そこはまず、『羽州ぼろ鳶組シリーズ』(祥伝社)、『くらまし屋稼業シリーズ』(ハルキ文庫)等人気シリーズを執筆し、『童の神』(角川春樹事務所)に続いて本作も直木賞にノミネートされた、今乗りに乗っている時代小説作家、今村翔吾のエンターテイメント性を信じるべきだ。手を止めることもできずに一息で読んでしまうに違いない。大河ドラマ『麒麟がくる』(NHK)の放送再開が8月30日に決定したが、あと1カ月もある、どうしようかと落ち着かない大河ドラマファンにお薦めしたい一冊でもある。
松永久秀と言えば、『麒麟がくる』で吉田鋼太郎が怪演している豪傑。主人公・明智光秀を面白がる、ワイルドでキュートなオジサマといった感じで、『麒麟がくる』の世界を登場するたび掻きまわしている吉田・久秀とは一風違った、物静かで凛々しい立ち姿の本書における久秀像は、意外ではある。だが、ドラマでは描かれない久秀の謎に満ちた少年期や、久秀の側から見た同時代の描写が非常に面白い。
松永弾正少弼久秀は、織田信長に「この男、人がなせぬ大悪を一生の内に三つもやってのけた」と言わしめた男である。世に言う「三悪」だ。三悪とは「主君の暗殺」「将軍の殺害」「東大寺大仏殿の焼き討ち」のこと。この「三悪」の裏に隠された真相を読み解くことで、今まで見たことがない、松永久秀の姿が浮かび上がってくる。
松永久秀が史実に登場するのは祐筆として三好長慶に仕えた頃からだ。出生には諸説あり、どれも定かではない。本書が史実に追いつくのは、「三悪」の真相に迫る後半部分に過ぎない。だが何より面白いのが、ほとんどが創作である少年期を描いた前半部分である。
過酷な体験を経て孤児になった久秀が出会う同じ年頃の仲間たち、そして初恋相手である日夏。師事したとされる茶人・武野紹鴎はじめ尊敬すべき個性豊かな大人たちに出会うことで、久秀少年はみるみる知識と教養、リーダーとして必要な素養を身に着けていく。また、「茶釜の中に火薬を入れて爆死した」という逸話の所以でもある伝説の茶釜「平蜘蛛」にまつわる複数のエピソードや、多聞山城の名前の所以など史実に由来する事象が随所に散りばめられ、後半部分に繋がる伏線として見事に活きているのもワクワクする。
松永久秀が実際はどんな人物だったのかは謎であるが、「稀代の悪人」でありながら茶人でもあるというアンバランスさ、謎の多さにその魅力の大きな部分があり、本書による一つのアンサーには、「本当にそうだったのかもしれない」と思わせるロマンがある。