馳星周『少年と犬』が描き出す、人類最良の友の魅力 犬が繋げてくれた人の絆
さらに話が進むにつれて、多聞の魅力が強まっていく。ここで留意すべきは、多聞の描き方だ。犬の仕草や行動に対して、断定的に書くこともあれば、そのように見えると書くこともある。おそらく作者は、厳密に使い分けている。自らの犬との暮らしの中で、確信できたことは断定するが、それ以外のことは人間側の想像でしかないと。明確な線を引いているのだろう。その視点で、犬と人を活写する。だから多聞は、己に何かを仮託する人々に寄り添いながら、一個の犬として存在しているのである。
そして第6話「少年と犬」だが、舞台は九州の熊本だ(この設定には重要な意味がある)。数年をかけてこの地にたどり着いた多聞が、大震災を機に熊本に引っ越してきた一家と出会う。ここで多聞が、常に一定の方向を見ていた理由が判明。大震災によって心に傷を負った一家の少年と多聞との、魂の結びつきともいうべき関係が綴られる。この最終話は、温かな奇蹟の物語とでもいうべきものだが、そのようなストーリーになったのは、作者の犬に対する大きな愛情があったからこそだろう。また、ラストの締めくくり方もお見事。多聞が繋げてくれた、人の絆について思いを馳せ、しばし作品世界から抜け出すことができなかった。
ところで本書のタイトルを見て、すぐに連想してしまうのが、ハーラン・エリスンの短篇SF「少年と犬」だ。テレパシーで意思疎通をする少年と犬が、荒廃した未来の世界を流離う物語である。はたして作者はエリスン作品を意識して、この作品のタイトルを付けたのか。エリスン版「少年と犬」のラスト一行を読んで、私はそうだと思っている。
■細谷正充
1963年、埼玉県生まれ。文芸評論家。歴史時代小説、ミステリーなどのエンターテインメント作品を中心に、書評、解説を数多く執筆している。アンソロジーの編者としての著書も多い。主な編著書に『歴史・時代小説の快楽 読まなきゃ死ねない全100作ガイド』『井伊の赤備え 徳川四天王筆頭史譚』『名刀伝』『名刀伝(二)』『名城伝』などがある。
■書籍情報
『少年と犬』
著者:馳星周
出版社:文藝春秋
価格:本体1,600円+税
https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163912042