高橋留美子のターニングポイントは「人魚シリーズ」だったーー名作『犬夜叉』へと連なる新たな作風

高橋留美子が問いかける人間の生と業

 そして特筆すべきなのは、とてつもない画力の高さだ。人魚の肉を食べたものの肉体が維持できなかった「できそこない」のデザインは、それまでの高橋作品には決して出てこないグロテスクさだ。そして本当に出来損なった生物そのものに見える。また、人魚の造形は、いわゆる「マーメイド」のイメージの美しい半人半魚ではなく、異形で異様な魚のバケモノになっている。言葉も発せずにバクバクと口を動かす様は、人魚への幻想が作中でも現在の我々が思うそれをも完全に否定している。幻想が幻想どおりではないというリアルと残酷さを訴えているのではないだろうか。

 また、常に命を狙われ、あるいは誰かを助けるという湧太と真魚の設定から、アクションシーンも多い。高橋作品の特徴でもある多くのオノマトペが登場人物の動きの臨場感を伝えてくる。活劇的な要素もたっぷりとあるのだ。ただし、悲壮な活躍ではあるのだが。含蓄のあるセリフも見どころだ。誰もが悲しく、切なく、美しく、醜悪である。

 『人魚の森』『人魚の傷』『夜叉の瞳』はたった3巻であるのに、3巻以上の読み応えと満足感を与えてくれる。一部の隙もなく、一寸の余計もなく創られた作品と言っても過言ではないだろう。「深い」とだけ言ってしまうのは惜しいシリーズだ。

 1980年代から断続的に発表された作品なので、高橋ファンや40代以上のマンガ好きなら『人魚シリーズ』をたいてい読んでいると思う。私も『半妖の夜叉姫』のアニメ化で掲載時以来、ものすごく久しぶりに読み返してみた。子どもの頃にはストーリーを追うだけで楽しい作品だったが、大人の視点から読むと、大げさだが哲学的ななにか、をも含んだ大傑作であることに気づく。

もののけ草紙
 このシリーズは当時のマンガ界に衝撃を持って迎えられたに違いない。もし『人魚シリーズ』の面妖怪奇な世界観が気に入ったなら、おそらく多大な影響を受けたであろう高橋葉介『もののけ草子』(全4巻/ぶんか社)も併せて読んでほしい。この作品も完成度が高く、読み応えを保証したくなる作品だ。

■西野由季子(にしの・ゆきこ)
編集者、ライター。NPO法人HON.jpファウンダー(元理事)。「日本のインディーズ漫画をフランスにて電書で販売」 プロジェクトを実践中。サブカルから軍事、 グルメまで幅広いジャンルで書籍を担当。近年は漫画・ アニメの取材執筆多数。

■書籍情報
「高橋留美子 人魚シリーズ」(少年サンデーコミックススペシャル)全3巻
著者:高橋留美子
出版社:小学館
価格:各576円(税込)

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