『犬夜叉』は殺生丸の成長物語でもあった 高橋留美子がもう一人の主人公に託した想いとは?

『犬夜叉』は殺生丸の成長物語でもあった 高橋留美子がもう一人の主人公に託した想いとは?

 先ごろ、高橋留美子原作『犬夜叉』のその後を描いたTVアニメ、『半妖の夜叉姫―戦国御伽草子―』の制作が発表され、大きな話題を集めている(2020年秋から放送開始予定)。すでに公式サイトではあらすじや主要キャラ3人の設定画などが公開されており、それによると、主人公は『犬夜叉』の人気キャラ、「殺生丸」の娘になるらしい(さらにその双子の妹と、犬夜叉の娘も登場するようだが、詳細は公式サイトを見られたい)。

『犬夜叉』における殺生丸の魅力とは?

『犬夜叉 ワイド版(1)』(小学館)

 『犬夜叉』は、1996年から2008年まで『週刊少年サンデー』で連載された、戦国時代を舞台にした妖怪漫画である。主人公は、タイトルにもなっている犬夜叉。妖怪の父と人間の母のあいだに生まれた「半妖」だ。この犬夜叉が現代と戦国時代を行き来することのできるヒロイン・日暮かごめとともに、砕け散った「四魂の玉」(妖怪の妖力を高める玉)の欠片を集めながら、同じ玉を狙う奈落という邪悪な半妖(やその他の妖怪たち)と壮絶な戦いを繰り広げていくさまが全56巻(少年サンデーコミックス版)にわたって描かれる。なお、前述の殺生丸とはその犬夜叉の異母兄のことだが、彼のほうは完全な妖怪であり、それゆえ物語初登場時からしばらくのあいだは、半分人間の血が流れている弟のことをかなり見下している(というか敵視している)。ところが物語が進んでいくにつれ、この冷酷な妖怪の中で温かい“何か”が芽生えていき、それが『犬夜叉』という作品全体にある種の深みを与えているのは間違いないだろう。本稿では、その殺生丸の魅力について書いてみたいと思う。

※以下、ネタバレ注意

 繰り返しになるが、殺生丸は主人公・犬夜叉の異母兄である。父は、西国(さいごく)を根城にしている化け犬だったが、「兄には天生牙を、弟には鉄砕牙を与えよ」という遺言をのこして死んだ。この天生牙と鉄砕牙というのはいずれもたぐいまれなる名刀なのだが、圧倒的な破壊力を持った後者と異なり、殺生丸が与えられた前者は、死者を甦らせることはできるがこの世のものを斬ることはできないという、あまり実戦的ではない「癒しの刀」だった(ただし、霊魂などあの世のものを斬ることはできる)。なぜ、父は半妖の弟に稀代の名刀を与え、自分にはなまくら刀などを遺したのか。自分は偉大な妖怪の後継者としてふさわしくないのか。これがプライドの高い殺生丸のコンプレックスとなり、犬夜叉に対する憎しみと鉄砕牙に対する執着へとつながっていくのだが、父には父なりの息子たちに対する特別な“教え”があった。

 それは、わかりやすくいえば、他者を思いやる心を持て、ということだ。その気持ちがなければ、人間も妖怪も本当の意味での強さを身につけることはできない。この、かつて人間の女性を愛したことがある父の願いを、頼れる仲間や守るべき女性がいつも傍にいる犬夜叉は比較的早い段階で理解することができたが、根っからの妖怪である殺生丸はそうはいかない。だが、りんと神楽というふたりの女性との出会いが、そんな彼の心に不思議な変化をもたらすことになる。

 まずはりんだが、彼女は、身寄りのない孤独な少女である。あるとき、りんは山の中で深手を負って動けない状態の殺生丸を見つけ、健気にも毎日食べ物を運んで介抱する(生け簀の魚を盗んだために村人から殴られたりもするが、それでも彼の介抱をやめようとはしない)。とはいえ、人間の食べ物など口にする気のない殺生丸は無関心を装い続けるが、ある夜、りんが人食い狼どもに噛み殺されてしまう。その亡骸を見て、彼女の屈託ない笑顔をふと思い出す殺生丸。そして彼は、死んだ者を甦らせる力のある天生牙を、初めて人のために使うのだった。その後もりんは、殺生丸(とその従者の邪見)らと行動をともにすることになるのだが、殺生丸のほうでもまんざらではない様子である。

 そして、神楽――。彼女は敵である奈落の分身のひとりだが、物語のある段階から「自由になりたい」と秘かに願うようになる(しかし奈落に心臓を握られているため、それは叶わない)。それゆえに最初は、奈落を倒すことのできる数少ない存在である殺生丸に近づくのだが、しだいに別の感情が彼女の中で芽生えていく。それは恋や愛というほどの強い感情ではなかったかもしれないが、間違いなく、彼女は殺生丸に惹かれていた。だが、奈落は神楽が自由になるのを許さなかった。いや、最後には許し(見捨て)、彼女に心臓を返してやるのだが、それと同時に奈落は神楽の身体を深く突き刺して瘴気(毒)を注ぎ込む。この傷がもとで彼女は(わずかな自由を得たのち)絶命するのだが、意識が薄れゆくなか、この世で会いたいただひとりの漢(おとこ)が目の前に立っているのを見る。「…いくのか」――殺生丸は静かにそう問う。「ああ…もういい…」。最後に会えた――そう思った瞬間、神楽は優しい笑顔を見せ、“自由な風”になって散華した。このとき、殺生丸の中でふたたび何かが変わり、天生牙でも救えない命があることを知る。

 さらにいえば、その神楽の死を、のちに敵のひとりである魍魎丸から「無駄死に」だと侮辱された際、殺生丸は柄にもなく感情をあらわにして、凄まじい勢いで剣(闘鬼神)を打ち込んでいく。「無駄死にかどうかは、私が決めることだ」。

 こうして他者を思いやる心を知った殺生丸だったが、その後もさまざまな葛藤を経て、最終的には鉄砕牙への未練を断ち切り、犬夜叉をその真の継承者として認めるようになる。そしてそれがきっかけとなり、ようやく爆砕牙という彼のための名刀を手に入れるのだった。そう、この爆砕牙とは、偉大なる父の、「自分を超え、真の大妖怪として独り立ちせよ」という殺生丸に対する強い想いの表れであり、それはある意味では、りんや神楽や犬夜叉たちが、彼の心を動かしたからこそ得ることができた名刀だった。

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