16年前のラノベ『電波的な彼女』は現在の混沌を予言していた? “時代が追いついた”作風を考察

現実が『電波的な彼女』を呼び起こした

 平成まっただ中の2004年に刊行された片山憲太郎のライトノベル『電波的な彼女』シリーズ3冊が、令和と年号も替わった2020年7月にダッシュエックス文庫から新装版となって登場した。

 『ウルトラジャンプ』での平岡滉史作画、降矢大輔コンテ構成によるコミカライズ開始というタイミングに合わせたものだが、はやりの変化も激しいラノベにあって16年も昔の作品が呼び起こされた理由。それは、見えない未来に虚無的となった人間たちが引き起こしている混沌を、予言したかのような物語だったからだ。

 2002年刊行の高橋弥一郎『灼眼のシャナ』(電撃文庫)や、2003年刊行の谷川流『涼宮ハルヒの憂鬱』が人気となり始め、美少女や異能バトルやラブコメといったラノベが読者層を広げて急拡大を始めていた2004年。第3回スーパーダッシュ小説新人賞佳作受賞作として、『電波的な彼女』が刊行された。

 トップクラスの不良少年と目されている柔沢ジュウの前にある日、同じ高校に通っているらしい女子が現れ、「我が身はあなたの領土。我が心はあなたの奴隷。我が王、柔沢ジュウ様。あなたに永遠の忠誠を誓います」と言って彼のスニーカーにキスをした。理由は前世で主従関係にあったから。名を堕花雨という女子は学年でもトップクラスの成績優秀者だったが、その日からジュウにつきまとうようになる。

 行く先々に現れるだけでなく、9階にあるジュウのマンションに窓から侵入するという離れ業までやってのける。実に電波的。おまけに、雨にストーキングされ始めた前後から、街では連続通り魔事件が起こっていて、ジュウのクラスで学級委員を務めていた藤嶋香奈子も、激しく殴られ顔面をぐちゃぐちゃにされて殺されてしまう。ふだんからジュウの素行をうるさく言っていたから、雨が復讐したのだろうか。電波的な上に猟奇的な彼女だったのか。そんな想像が浮かんでジュウはおののく。

 幾ら不良でもジュウには人は殺せない。そんなジュウに雨は淡々と、警察に追われる面倒さを顧みないで殺人を行える人間には、殺人にストレスを感じないだけの使命感があるのだと解説する。だからこそ、雨が通り魔事件の犯人かもしれないという想像が浮かんだが、事態は意外な展開を見せて真相へとたどりつき、壊れてしまった人間の歪んだ使命感によって惨劇がもたらされる様を見せつける。

 生きることに誰もが精一杯だからなのか、他人への慈しみが薄れ生きることを第一とする意識が遠のき、簡単に人を死へと追いやる事件が相次いでいる。施設や企業へ乗り込んで惨殺する直接的な暴力もあれば、ネットを介して悪口雑言をぶつけて自死へと至らせる攻撃もある。身勝手な正義感や独りよがりの公徳心を理由に、命が奪われる状況は『電波的な彼女』の描写そのまま。時代が作品に追いついてしまった。

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