16年前のラノベ『電波的な彼女』は現在の混沌を予言していた? “時代が追いついた”作風を考察

現実が『電波的な彼女』を呼び起こした

 

シリーズ2作目となる『電波的な彼女~愚か者の選択~』。幸いにして犯罪者ではなかった雨と行動を共にするようになったジュウの周辺で、幼い子供たちから眼球が奪われる凶悪犯罪が横行する。"えぐり魔"と呼ばれる犯人は、雨と出かけた秋葉原でジュウが両親とはぐれたところを世話した少女にも手を伸ばし、眼球をえぐって最後まで面倒を見なかったジュウを後悔させる。

 落ち込むジュウは雨の友人で、ふだんは明るいがナイフを手にすると凶悪な性格になる斬島雪姫や、空手が得意な円堂円といった少女たちと"えぐり魔"探しを始める。その果てでジュウは、雨が探偵役のようにして解き明かした真実を知って激怒する。前作の殺人者とは違った理由での猟奇的犯行には、他人への慈しみや共感を覆って人間を平気で虐げる利己主義がのぞく。これもまた現代に通じるテーマだ。

 幸福の総量は決まっていて、自分が幸福になるためには他人を不幸にするしかないといった思想がはびこって、根も葉もない悪評を流し、痴漢の冤罪を被せ、猫を惨殺してポストに詰めるといった卑怯な事件が相次いで起こるシリーズ3作目『電波的な彼女~幸福ゲーム』。

 自分さえ良ければ他人は関係ないといった意識が立ちこめる。現在に通じる状況を改めてかみしめつつ、そうなってしまった心理を冷静に解説する雨の言葉を聞いて、事態の解消に向かうための道筋を探る。そんな狙いもあっての復活かもしれない。

 暴力と殺人の描写は壮絶で、命乞いをしようと切り刻まれ命を奪われる少女が描かれ、ジュウ自身もバットで手足を折られ頭を殴られナイフで腹をえぐられてと、読むだけで全身が痛くなる。眼球をえぐられた少女が、事態を受けとめられずに明るさを取り戻せる時を信じている姿には、動揺と落涙を誘われる。不幸な事故ではなく理不尽な事件によって起こされたからこそ怒りも浮かぶ。

 そうした衝動的な感情をいったん落ち着かせ、ジュウを助けて真相へと導く雨は最高の彼女なのかというと、言動は相変わらず電波的。どうしてそこまでといった執着の果てに、2人がたどりつく場所は平和な家庭なのかを見てみたくなる。今回の復活を機に続きを期待したいところだが、片山憲太郎は『電波的な彼女』と世界観が重なり、時間的には少し前となる『紅』というシリーズの最新刊『紅 ~歪空の姫~』を2014年に刊行して以降、活動の声が聞こえてこない。

 『紅』シリーズは、異能を持った紅真九郎という少年が、複雑な事情を持った九鳳院家の幼い娘・紫を守りながら殺し屋たちを相手に戦うといったラノベ的な内容で、『機動戦士ガンダム サンダーボルト』の松尾衡監督によってテレビアニメ化された。ジュウの母親で暴力的な柔沢紅香が揉め事処理屋として登場し、雪姫と同じ斬島の姓を持つ少女の殺し屋も出現。異能や武術がぶつかり合って繰り広げられるバトルの面白さでファンも多いだけに、こちらでも良いから続きをと言いたくなる。応えてくれるか?

■タニグチリウイチ
愛知県生まれ、書評家・ライター。ライトノベルを中心に『SFマガジン』『ミステリマガジン』で書評を執筆、本の雑誌社『おすすめ文庫王国』でもライトノベルのベスト10を紹介。文庫解説では越谷オサム『いとみち』3部作をすべて担当。小学館の『漫画家本』シリーズに細野不二彦、一ノ関圭、小山ゆうらの作品評を執筆。2019年3月まで勤務していた新聞社ではアニメやゲームの記事を良く手がけ、退職後もアニメや映画の監督インタビュー、エンタメ系イベントのリポートなどを各所に執筆。

■書籍情報
『電波的な彼女』
『電波的な彼女~愚か者の選択~』
『電波的な彼女~幸福ゲーム~』
著者:片山憲太郎
出版社:集英社(ダッシュエックス文庫)
http://dash.shueisha.co.jp/bookDetail/index/978-4-08-630206-3

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