「小説家になろう」発の戦記ファンタジー『亡びの国の征服者』が熱烈に支持される理由

『亡びの国の征服者』が支持される理由

 「小説家になろう」連載の戦記ファンタジーである不手折家『亡びの国の征服者』は2020年4月に書籍化されると、書籍版も熱烈な支持を受け、6月22日現在でAmazonでは87も評価が付いている。アニメ化、マンガ化どころかまだ1巻しか出ていないシリーズものでここまで多くの人に☆を付けたりレビューを書きたくさせる作品はまれだろう。

 どこがそんなに読者を惹きつけるのか? 

異世界転生ものだがレベルも魔法もない

 『亡びの国の征服者』は2015年から書かれている異世界転生ものだが、いわゆるなろう系でよくあるようなレベル概念などRPG的な設定は登場しない。それから飛行による長距離移動に用いられる「カケドリ」のような異世界特有の生物は登場するものの、魔法や超自然現象の類いは出てこない。

 世界観はどちらかといえばシビア、シリアスであり、文章は読みやすいがくだけすぎてはいない。結果、ファンタジー小説は好きだがなろう系はあまり得意ではない、という人も入りやすいし、なろう系が好きな人は変わり種として楽しめるものになっている。

いったい何の話なんだ? という展開がしばらく続くが……

 主人公の男は溺死して異世界でユーリという男の子として生まれ変わる。ユーリはホウ家騎士団の首領の息子で、王都にある騎士院に入学。

 ユーリは前世の知識を活かして天然痘を撲滅させるのに一役買ったり(なぜ転生した先の異世界がもといた世界と酷似しているのか? ということにもユーリはある現象を観察することで気付く)、製紙・印刷・製本技術を確立して一儲けしたり(『本好きの下剋上』のマネか? と早計しないでほしい。なんとこの作品では主人公が学校で流行しているというナマモノのBL小説、しかもユーリとその腐れ縁になる乱暴者のルームメイト・ドッラのそれを読まされるが、稼ぎのためにと目をつぶるのだ)、自分の会社を作って商売を拡大したりする。

 個別のエピソードはおもしろいのだが、「戦記ファンタジー」と聞いて読んだはずなのに「おいおい、これ何の話なんだ?」「ユーリは何がしたいんだろう?」と思うような展開がしばらく続く。

 ところが、なろう版で80話台あたりからいよいよ戦記もの色が強くなり、それまでの学園パートなどがムダではなかったことに気付かされる。

この手で人を殺すこと、身近な人間が傷つき、死の脅威にさらされることの重み

 戦記ものに付きものの戦略・戦術話、地形がどうとか兵站がどう、武器がどうといった話はもちろんある。ユーリのいる国は内憂外患状態にあり、さまざまな勢力の思惑のなかで、ユーリは自分や仲間をどう導けばいいかを思案するのだが、戦記パートに入ると途端に文章が饒舌になり、作家がそういうものを得意としていることがよくわかる。

 この作品が読んでいてずっしり来る点は、この作品に「魔法がない」ことと関係する。魔法がない、つまり劇的な回復や蘇生の手段がない。死ねばそこで終わりだ。仲間が狙われたときの緊張感、傷ついたときの痛みは、ゲーム風の設定の小説の比ではない。

 この作品のリアリティレベルでは、主人公はひとりで大量の人間を一気に蹴散らしたりはできない。主人公が簡単に勝ちまくる物語ではなく、緊張感の伴う状況でなんとか生きぬいていく話だ。

 主人公は学院パートでケンカになったときに「これをやったら殺してしまう」と配慮し、相手をボコボコにはするが殺さずに、意識を失わせるに留めるという経験もしている。だからこそ、戦争の相手といえど、ユーリが石で顔を潰して殺し、頸動脈を締めてこの手で殺すシーンに重みが生まれる。

 騎士院で罵り合ったりコミカルなやりとりをしたりしていた仲間が、こんなふうになってしまうのか、とか、最初はあんなんだったやつがこうも変わるのか……という驚きは、時間をかけてその関係性を描いていたからこそ感じられる。本格的に戦争が始まるまでの助走部分はたしかに必要だったのだ。

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