『文藝』編集長・坂上陽子が語る、文芸誌のこれから 「新しさを求める伝統を受け継ぐしかない」

『文藝』編集長・坂上陽子インタビュー

 昨春、「文芸再起動」を掲げてリニューアルした『文藝』(河出書房新社)は、「韓国・フェミニズム・日本」を特集した秋季号が文芸誌としては異例の3刷となるなど、売れ行き好調で注目を集めてきた。だが、今春に入って新型コロナウイルス対策としての外出自粛や経済活動の制限が広まった結果、出版界も大きな影響を受けている。文学もその状況と無縁ではいられない。昨年の着任で誌面リニューアルに取り組んだ坂上陽子(さかのうえようこ)編集長に『文藝』のこれまでとこれからを電話インタビューした。(円堂都司昭/5月11日取材)

『文藝』再起動とコロナ禍

――もしもし。今、自宅ですよね。

坂上:基本は在宅ですが、今日はゲラが出るので出社しています。

――お疲れ様です。『文藝』は「再起動」して好調だったのに、コロナのせいで社会がスリープモードになってしまいましたね。

坂上:再起動からもう1年以上が経ちました。

――リニューアルした2019年夏季号から2020年夏季号(7都府県に緊急事態宣言が出された4月7日が発売日だった)まで5冊を編集されたわけですが、そもそも出版社に就職する以前、文芸誌というものになにかイメージを持っていましたか。

坂上:私は河出書房新社に入社したのが2003年ですが、学生時代がちょうど2000年前後で、その頃はJ文学(阿部和重、赤坂真理、中原昌也など、当時の日本文学の新しい流れの呼称)ブームと言われていました。『文藝』はそのJ文学の発信地で、気になる音楽や漫画を扱っていたこともあり、たまに読んでいました。当時の『文藝』はとても変な雑誌です。赤軍の特集をしたり、ヒップホップの特集をしたり……。個人的にはJ文学という呼び名はダサいな、と思っていたのですが、なんとなく気になって読んでいました。5大文芸誌(『文學界』、『新潮』、『群像』、『すばる』、『文藝』)というものがあることは、会社に入って初めて知りました。

 入社して営業部に1年いたあと、『文藝』編集部に3年いましたが、そのあとはずっと単行本の編集です。なので私は編集者としては『文藝』での経験はさほどありません。だから、編集長になって正直どうしよう、とは思いました。歴代の編集長は経験豊かな人ばかりだし、困ったなと。なにか手がかりを、と思って書庫でバックナンバーを読んだのですが、そこで創刊86年に及ぶ『文藝』の歴史の身勝手……いや、自由さにとにかく驚いたんですよね。判型も違えば、『文藝』の「藝」の字も、「芸」だったり「藝」だったり。ビジュアルも時代時代でドラスティックに変わっていて、どの時代のバックナンバーを見ても、とにかくちょっと変わった企画、新しいことをやろうとしている気概に満ちた誌面で。歴史が長いわりに大きい会社ではないという河出の会社の体質もありますが、常に新しいものを、新しいものをとやってきているから、いままで続いてきたんだな、という印象は持ちました。例えば坂本龍一さんのお父さん、坂本一亀さんがはじめた「文藝賞」という新人賞からは、第1回の高橋和巳さんからはじまり、田中康夫さん、山田詠美さん、長野まゆみさん、綿矢りささん、羽田圭介さん、最近だと町屋良平さん、若竹千佐子さんと時代ごとにちょっとそれまでの文学シーンと一線を画すような新人作家が生まれています。新しさを求めるこの伝統を受け継ぐしかないと思いました。

――確かに『文藝』の歴史はかなり面白い。

坂上:相当変なことをやらかしてきてますよね(笑)。やっぱり文藝賞が大きな軸としてあるのが特徴でしょう。

――過去にカリスマ編集者と呼ばれた人はけっこういましたけど、出版社の仕事を志望する時、誰か憧れの編集者はいましたか。

坂上:うーん、特にいなかったですね。業界事情をまったく知らなかったですし。当時は、文芸誌に限らず雑誌全般が好きでした。ファッション誌からカルチャー誌まで月に20冊くらい買っていたと思います。文芸シーンはちょうど『ファウスト』(2003~2011年。講談社。太田克史編集長。西尾維新、舞城王太郎、佐藤友哉など当時の新進気鋭が寄稿)が出た頃で、刺激的なことをやっているなと思いました。小説の売上がどんどん厳しい状況に置かれている頃でしたが、『新潮』の矢野(優)さんとか、『SFマガジン』の塩澤(快浩)さんとか、新しいことをやりはじめている先輩たちがいて、凄いなと感じていました。2004年から2007年まで『文藝』編集部にいました。

――その2000年代半ばの文藝賞も活気がありました。2005年の文藝賞では青山七恵さんの『窓の灯』、2007年には磯崎憲一郎さん『肝心の子供』が受賞し、2人とも数年後の作品で芥川賞を受賞しています。

坂上:山崎ナオコーラさんの『人のセックスを笑うな』と白岩玄さんの『野ブタ。をプロデュース』が受賞した2004年は私が初めて文藝賞にかかわった時で、2作とも芥川賞候補になり、そのあとどちらも映像化されるなど大きく話題になりました。同年の2月に綿矢りささんが『蹴りたい背中』で当時史上最年少で芥川賞を受賞した効果もあったのか、その後文藝賞の応募総数も増えて、10代の作家が次々に出てきた。おもしろい時期にかかわっていたと思います。

純文学とエンタメ小説のバランス

――その後に坂上さんが担当した本のラインナップをみると、『文藝』編集長になったことやリニューアル後の誌面に納得感を覚えます。「池澤夏樹=個人編集 日本文学全集」シリーズを担当したんですから、文学史をおさらいした人が文芸誌編集長になるのは当然だろうと思いました。

坂上:「日本文学全集」に関しては、たまたまその部署に配属されただけですけど、とてもいい勉強になりました。あの頃得た知識や財産があるからこそ、いまなんとかなっているところがあるようには思います。そんな機会がなければ古典を網羅して読むことはなかっただろうし、読書遍歴としてはそれまで読んでこなかった昭和初期・中期の作品などは、もしかしたら一生まとめては読まなかったかもしれない。池澤さんの歴史観・文学観を間近で見ることができて、いま第一線で活躍する一流の作家の方々と仕事をさせていただいて、本当にいい体験をさせてもらいました。

「池澤夏樹=個人編集 日本文学全集」シリーズ

――そして『文藝』リニューアル第1号の目次で真っ先に載っていた名前がいとうせいこうでした。芥川賞候補になった彼の『想像ラジオ』を担当されていたし、単行本を編集していた時代でいえば『踊ってはいけない国』の磯部涼、『民主主義ってなんだ?』でSEALDsと共著者になっていた高橋源一郎などの書き手たちが『文藝』に登場している。社会の現状への疑義、小説以外のカルチャーへの関心といったテーマも、それらの単行本から『文藝』へ連続しているようにみえます。

坂上:今の編集部は3人ですけど、私以外は、ひとりは『文藝』の経験は当時まだ2年くらい。さらにもう1人は中途入社で文芸誌の経験が皆無です。3人あわせても文芸誌の経験が10年ない。過去の『文藝』編集長は、10年、20年と『文藝』にずっといた人ばかりで、そうでないのは私がおそらく初めてです。編集部員も経験を積んでいる人が多い。だからもう本当に背水の陣というか、「いや、これどうするの……」という。なにも蓄積がないところでのスタートダッシュでした。

――リニューアル前の『文藝』は、J文学の頃に比べればだいぶ雰囲気が変わっていたように思います。

坂上:いや、デザインとしても、内容にしても、他誌にはない形で特色は出ていたように思います。特集主義をやめて、文芸誌のある意味本丸である「小説」をたくさん載せようというコンセプトだったと思います。誌面の起伏は一見出にくいところがありながらも、様々なタイプの新人の小説を膨大に載せていて、バラエティ豊かだったと思います。

――他誌との違いでいうと、刊行ペース以外に例えば『群像』には『小説現代』、『文學界』には『オール讀物』、『新潮』には『小説新潮』、『すばる』には『小説すばる』がある。純文学に対しエンタメ小説という区分ですね。河出書房新社もエンタメ小説を刊行していますが、両者のバランスはどう考えていますか。

坂上:基本的に面白ければなんでも、というところはあります。純文学の文芸誌、とされていますが、でも、結局「純文学」とはなんなのかということは定義できない。世間が純文学誌と思っているから純文学誌なんだろうとも思います。過去に1度、文藝賞作品がエンタメの賞とされる直木賞を受賞したことがありました。芦原すなおさんの『青春デンデケデケデケ』です。雑誌とは新しいものを掲載して紹介するものなので、その点はエンタメでも純文でもこだわりなくできればと考えています。

――例えば、最近の『文藝』だと「中国・SF・革命」特集に登場した江戸川乱歩賞作家の佐藤究は、群像新人文学賞優秀作になった前歴がある。純文からエンタメへの越境です。

坂上:山田詠美さん、奥泉光さん、角田光代さんなど、いわゆる純文学とエンタメの領域の両方で活躍する作家は少なくないし、芥川賞を受賞していた松本清張など最たるもので、偉大な作家にそういうことはあまり関係がないかなとは思います。読者も「エンタメだから」「純文学だから」買う、というわけでもないでしょうし。

――『文藝』の季刊という刊行ペースにもどかしさはありますか。

坂上:最初はデメリットかな、と思っていましたが、いまは「3ヵ月」という期間は、その間を振り返ったり、まとめたり、企画を煮詰めたりするのに、ちょうどいい間隔だと思います。また、他社の編集部員と違うのは、雑誌をやりながら単行本も文庫も担当するので、そういった雑誌の現場だけではないところからも、企画の立て方にフィードバックがあることです。

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