千葉雅也が語る、自己破壊としての勉強と痛みとの共存 「生きることは、プリミティブな刺激を快楽に変換すること」

千葉雅也が語る、自己破壊としての勉強と痛みとの共存 「生きることは、プリミティブな刺激を快楽に変換すること」

 気鋭の哲学者、千葉雅也氏の『勉強の哲学 来たるべきバカのために 増補版』が文春文庫より発売された。本書は2017年に文藝春秋より刊行された『勉強の哲学 来たるべきバカのために』に書き下ろしの「補章」を加えた完全版だ。

 「勉強は、自己破壊である」とする本書は、アイロニーとユーモアを用いて自身にとっての享楽的なこだわりを見つけていくという「勉強の原理」の解説から、自己を変身させるための勉強法の実践について、さらに勉強の先にある「制作の哲学」までを追補し、「勉強とはなにか」を根本から考えるための1冊となっている。

 果たしてどのような考えから本書は生まれたのか、著者の千葉氏に話を聞いた。(杉本穂高)

アイロニーとユーモアはビジネススキル

千葉雅也『勉強の哲学 来たるべきバカのために 増補版』(文春文庫)

――『勉強の哲学』は勉強とはなにかを問う、勉強そのものについての本ですが、非常に珍しいアプローチだと思います。この本を書こうと思われたのはなぜでしょうか。

千葉:この本は、院生時代に塾で教えていた頃から、若者たちに教えたいと思っていたことを、自分なりに実践してきたことを踏まえてまとめたものです。具体的には、いわゆる学校の科目教育的なものに沿って単純に知識を身につけるだけではなく、もっと広い意味でものを考える力、汎用性の高い思考法を教えたかった。この本では、物事を批判的に考えるアイロニー=ツッコミで縦に掘り下げる、対象をずらして考えるユーモア=ボケで横に視野を広げるという2つの軸での思考法を語っています。

 勉強するというと、例えばファイナンシャルプランナーの資格を取るためだとか、そういうイメージがあると思います。しかし限られた分野の勉強だけをしていると、視野が狭まりがちです。専門性の高い勉強をしながらも、同時に広く汎用性のある考え方を身に着けるためにはどうすれば良いのかを、哲学的な思考をベースにできる限り平易に解説したのが本書です。

――近年は大学で人文系の予算が削られがちな傾向がありますが、そうした流れに抵抗する意味も、この本にあるような気がしました。

千葉:それもあります。この本では、文化や哲学、文学などがビジネスに応用できることも示しています。例えば、小説をアイロニーとユーモアで解釈していく能力を鍛えれば、ある特定の業務提案があったとき、アイロニーでその根拠を掘り下げ、ユーモアでプランB、プランCと広げて考えていくこともできるようになる。文学を多様に解釈する能力とビジネススキルは、頭の使い方という点でつながっているんです。

 最近はデザイン思考やアート思考みたいな言い方で、人文系、あるいは芸術系の学問とビジネススキルをつなげるような言説が増えましたが、僕は中学の頃から、芸術と数学、あるいは社会など、一見すると離れているものをつなげて考える教育をすべきだと思っていました。父がデザイン会社を経営していたため、家庭内でデザインの話をよくしていたし、同時に経営の話もしていました。父の中ではアートとマネジメントが結びついていたので、僕の家庭環境ではアート思考的な語りがごく普通でしたね。30年ぐらい経って、やっと世の中が追いついてきたと思っています。

――千葉さんは「無意味」なものにこだわれとよく言われます。この『勉強の哲学』もそういう無意味なものの重要性を体系的に語る1つの試みのようにも読めました。

千葉:僕の友人である俳人・北大路翼はよく「多作多捨」と言っていますが、仕事でも何でもアイデアを出す時は、使えない無意味なものでもどんどん出さなければいけません。冗談を言い合いながら、「これいけるんじゃね?」くらいのノリであれこれ出していく。最初のうちは目的思考や意味思考を弱くして、多作多捨的にアイデア出しをするほうが機動性が高まります。その意味でも、言葉遊び的なものとか、形遊び的なものに慣れておくことはビジネススキルの向上につながります。

 中学生の頃、父からレンガ一個を与えられて「今から即、20個の企画を考えてみろ」と言われたことがありました。その時は「むちゃくちゃ言うな」と思ったんですけど、今の僕なら10分あればできるかもしれません。とにかく何でも良いからアイデアを出してみろという授業は、学生相手にもよくやっていますね。

勉強とは自己破壊

――『勉強の哲学』の重要なポイントの1つが、「勉強とは自己破壊である」という主張だと思います。通常、勉強は何かを身に付ける作業というイメージですが、どうしてこのような主張にたどり着いたのか、そのプロセスに非常に興味があります。

千葉:僕は高校3年生まで受験勉強の鬼みたいな感じでした。だから『ドラゴン桜』作者の三田紀房さんとはすごく波長が合います。でも、大学に入ってからは優等生的なものを脱ぎ捨てて、恋愛もして若者らしく生き直していったんです。サブカルチャーを哲学的に考えたりとか、批評的なものが視野を広げてくれて、今までのガリ勉キャラを破壊してストリート的な身体を生きるようになりました。それは、自分はこういうものだと思っていた自己像を破壊していく行為でした。大学デビューと言うと、勉強しないで適当に遊ぶみたいなイメージかもしれませんが、僕の場合は教養教育を受けたことで大学デビューできたんです。

――その感覚は個人的にすごくわかるのですが、それまでの自分を破壊するのは怖いという人もいると思います。

千葉:そういう人にこそ、この本を読んでほしいです。自分を破壊するのが怖いからこそ、みんな勉強をしないんだということを、システマティックに説明したのが『勉強の哲学』です。ただ、その上で重要なポイントは、本書にはやりたくない人はやらなくていいとちゃんと書いていることです。どうしても自分のアイデンティティを壊すのが怖い人はいます。例えば、マイルドヤンキー的な地元愛を大事にする人とか。僕は、それはそれで美しいとも思っています。大学のインテリは、そういう大衆性を生きる人を馬鹿にしがちだけれど、世の中には色々な人がいるわけですから。

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