又吉直樹、小説家としての原点は『東京百景』に 『火花』『劇場』へとつながる随筆集
そして、本書には至るところに『火花』や『劇場』に成る前の種のようなものが散らばっている。「池尻大橋の小さな部屋」という話は『劇場』の前身のような話だ。一緒にいてくれた彼女に対して身勝手で傲慢な態度を取り続け、いつかできると思っていた恩返しは永遠に叶わなくなってしまった。出会った頃の彼女はオシャレな恰好をしていたが、自分の貧しさに合わせてだんだん質素な生活になっていった。そして、一度だけお金を貯めてプレゼントした財布をボロボロになっても使い続けてくれた。大切な人を大事にできなかった後悔を男はずっと抱え続け、やがて『劇場』という作品にその思いを託す。
今回文庫化に際して、書き下ろしが一景(一編)収録されている。百景ある中で、相方の綾部が登場するのはほんのいくつかのみ。書き下ろしでは、綾部の登場がなぜ少ないのかについて語られていく。綾部がいなければ、芸人・又吉直樹は今ここにいなかった。ピースとしての活動があったから、『東京百景』を書くことができた。文章を読むのは「領収書が限界」と嘯く彼が、初めて読んだ小説は『火花』だった。ドブの底を這うような日々に射す、一筋の光。綾部の存在は、海を隔てて遠く離れていても、又吉の中で輝き続けている。
■ふじこ
10年近く営業事務として働いた会社をつい最近退職。仕事を探しながらライター業を細々と始める。小説、ノンフィクション、サブカル本を中心に月に十数冊の本を読む。お笑いと映画も好き。Twitter:@245pro
■書籍情報
『東京百景』(角川文庫)
著者:又吉直樹
出版社:株式会社KADOKAWA
定価:本体660円+税
<発売中>
https://www.kadokawa.co.jp/product/322001000196/