パンデミック後、宇宙へ進出した人類の運命は? SF大作「天冥の標」シリーズの啓示

日本SF大賞「天冥の標」で得られる啓示

 冥王斑なる病気のウイルスは、高い死亡率を持っている上に生還しても陰性にはならない。妊娠して子を産めば、その子にもウイルスが受け継がれる。感染者たちは病原体と同様の扱いを受けて最初は施設に隔離され、やがて棄民も同然にコスタリカ沖の孤島へと追いやられる。そこで感染者たちは、出身国の違いなどから諍いを起こしていたが、最初の感染者であり生還者にもなった檜沢千茅という少女がカリスマ性を発揮し、島内の感染者たちをまとめ上げて、世界と対峙するようになる。

 人類の中に、冥王斑ウイルスを持った新しい勢力が誕生した。後に《救世群》と名乗るようになった勢力は、宇宙へと進出していき通常の人類や、《海の一統》の源流となった《酸素いらず》の面々と並ぶ存在として、宇宙史にその足跡を刻んでいく。新型コロナウイルス感染症ももしかしたら、人類を窮地に追い込むだけに留まらず、文明そのものを大きく変化させ、人類の姿すら変えてしまうきっかけになるかもしれない。

 そんな啓示も得られる物語だけに、小川一水には新型コロナウイルス感染症が世界と人類にもたらす影響を、受賞を機会に改めて語ってもらいたかった。それでも物語から学べることがあるとしたら、感染者への差別や抑圧によってもたらされる分断や対立が、数百年もの禍根を残す可能性があるということだ。そうならないためにも、冥王斑のような永続性を持たない感染症を、恐れず協力しながら封じ込める必要がある。

 対立から憎悪が生まれ、滅亡の淵へとたたき込まれたとしても、いずれは理解し合い協力し合える。人類以外の存在とも手を取り合って新たな時代を切り開いていける。そんなメッセージを物語から得よう。それを今の時代に当てはめ、世界が手を取り合ってこの難局を乗り切ろう。

■タニグチリウイチ
愛知県生まれ、書評家・ライター。ライトノベルを中心に『SFマガジン』『ミステリマガジン』で書評を執筆、本の雑誌社『おすすめ文庫王国』でもライトノベルのベスト10を紹介。文庫解説では越谷オサム『いとみち』3部作をすべて担当。小学館の『漫画家本』シリーズに細野不二彦、一ノ関圭、小山ゆうらの作品評を執筆。2019年3月まで勤務していた新聞社ではアニメやゲームの記事を良く手がけ、退職後もアニメや映画の監督インタビュー、エンタメ系イベントのリポートなどを各所に執筆。

■書籍情報
「天冥の標」シリーズ
著者:小川一水
出版社:株式会社早川書房

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