SF作家 伴名練の『ドラえもん0巻』レビュー:『ドラえもん』は日本SF史に刻まれた伝説だ

伴名練が考察する『ドラえもん0巻』

 「日本で最も偉大なSF小説家は誰か」と聞かれたら、私は慎重に言葉を選びつつ答えをはぐらかすだろうが、「日本で最も偉大なSF漫画家は誰か」と聞かれたら、他のあらゆる巨匠や新鋭を差し置いて「藤子・F・不二雄」と即答するだろう。未知に対する驚異の感覚を、笑いや恐怖や感動とともに鮮やかに描き、未来と科学への希望(あるいは警鐘)を織り込んだエンタメとして、幅広い読者へ届けたその作品群は、日本漫画史と日本SF史の双方に刻まれた伝説だ。

 そのひとつの到達点が言わずと知れた「ドラえもん」である。何をやっても失敗ばかりの少年のところに、未来の子孫が子守りロボットを送り込む――というプロットや、夢を結晶化させたような秘密道具の数々、それらが引き起こす騒動の面白さについては、わざわざ書くまでもなくみなさんご存知だろう。一方で、普段あまり意識されないドラえもんの凄さに、「学年別雑誌である『小学1年生』から『小学6年生』までのすべてに長い期間連載されていた」、という事実がある。コミックスを読むだけでは気づきにくいが、掲載誌に合わせて主人公・のび太の年齢も変わり、読者の年齢ごとに各話のプロットも硬軟が調節されていたのだ。低学年向けの作品でもただ平易に簡略化された内容というわけではなく、<きれいなジャイアン>が強烈なインパクトを残す「木こりのいずみ」は『小学1年生』初出、台風を育てるというセンスオブワンダーの炸裂する「台風のフー子」は『小学2年生』初出、第二次大戦の悲劇に踏み込んだ「ぞうとおじさん」は『小学3年生』初出、といったように、ギャグやドラマが妥協することなく描かれ、小さな子供でも楽しめる名編が量産された。

 いま目の前にある『ドラえもん0巻』に目を移そう。この一冊には目玉として、6パターンのドラえもん第1話が掲載されている。私たちのよく知る、てんとう虫コミックス第1巻に掲載されている第1話は1970年1月号『小学4年生』掲載の第1話をもとにしたものであるが、同年同月の他の雑誌――『よいこ』(3歳から幼稚園入園までが対象の雑誌)、『幼稚園』、『小学1年生』、『小学2年生』、『小学3年生』――これらにも第1話は掲載されていて、この5パターンは(藤子・F・不二雄全集既読者や一部マニア以外には)ほぼ「知られざる」ドラえもん第1話ということになる。50年前に描かれたきり手を加えていない作品に、今でもテンポ良いギャグにくすりとさせられる部分があるというだけで驚異的だが、読み比べて驚かされることのもうひとつに、6作品のバラエティがある。

 それぞれの第1話は、「お正月、のび太の部屋の学習机の引き出しから、セワシとドラえもんが現れる」という骨子こそ同じではあるが、そもそも読者にとってドラえもんが「何者か」からして差異がある。まず『よいこ』と『幼稚園』のエピソードはそれぞれたった4ページで、いずれもドラえもんたちが未来から来たことが明かされない。『よいこ』ではドラえもんが「ともだちになろうよ」とのび太に呼びかけ、『幼稚園』ではのび太の側が「ともだちになってね」と言う。小学校に入る前の子供たちにとって、そのキャラクターは不思議な「ともだち」であり、そしてカタカナを使わない「どらえもん」なのである。

 『小学1年生』では「みらいってなあに。」「みらいってむかしのはんたい。ぼくらはそこからきたんだ。」という問答はあるがセワシとドラえもんが何者かは明かされない。『小学2年生』からようやくセワシがのび太の「まごのまご」でありドラえもんが「ロボット」であることが明かされる。のび太が将来大きな借金を背負うこと、セワシのお年玉が50円であること、ドラえもんがのび太の面倒を見て未来を変えようとしていること、などの基本設定がわかるのは『小学3年生』『小学4年生』の2誌のみである。

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