ミツメ 川辺素が語る、テッド・チャン『息吹』の深遠なる魅力 「感性が拡張していく体験はなかなかできることじゃない」

ミツメ 川辺素が語る、テッド・チャン『息吹』の深遠なる魅力 「感性が拡張していく体験はなかなかできることじゃない」

 現代最高のSF作家の一人、テッド・チャンの第二短篇集『息吹』が昨年12月4日に発売された。

 これまで刊行されたのは、2003年の『あなたの人生の物語』のみという寡作ながら、世界中のSFファンと評論家に愛され、刊行が待ち望まれていた著者による待望の新刊である本書は、バラック・オバマ元米国大統領も絶賛するなど、各所で大きな話題となっている。

 文学好きのミュージシャンとして知られるミツメのボーカル・川辺素もそんなテッド・チャンの新刊を心待ちにしていた一人だ。同バンドのドラム須田洋次郎に『あなたの人生の物語』をすすめられ、感銘を受けて以来のテッド・チャンのファンとのことで、そんな川辺に『息吹』の魅力と、自身の音楽との関連性について語ってもらった。

日常と薄皮一枚でつながるSFが好き

――川辺さんは小さい頃から読書家で、安部公房を読んでSFの魅力に目覚めたそうですね。

川辺:そうですね。父が通勤時に読むためにハヤカワSF文庫をたくさん持っていて、フィリップ・K・ディックなども好きでよく読んでいました。それから星新一や藤子不二雄のSF作品を読んでいるうちにハマっていきました。

 それらの作品を読む前は、SFについては宇宙でバトルするものなどを想像していたんですけど、日常と薄皮一枚でつながっている『世にも奇妙な物語』のようなタイプの作品もたくさんあると知って、そういったタイプの作品をよく読むようになりました。それから、トマス・ピンチョンやガルシア・マルケスのようなマジック・リアリズム的な小説も好きになっていきました。

 僕は、ディックなどの古典SF小説を読むことが多かったんですが、テッド・チャンの作品は古典の作家と同じく、すごく刺激的で未来を想像させてくれます。彼の作品を読んでいると、昔の人はSFを読んでこうやって興奮していたんだろうなと思えてきますね。

――日常と薄皮一枚の感覚があるSFが好きとのことですが、テッド・チャンの作品にも同じようなものを感じますか。

川辺:感じますね。今回の本の最初に収録されている「商人と錬金術師の門」は、過去にこういうことが本当にあったんじゃないかと思わせてくれますし、どの物語も普段の僕らの生活を拡張させてくれる感じがしますね。

――川辺さんは、アルバム『A Long Day』などでマジック・リアリズムを感じさせる歌詞も書かれているという印象です。『A Long Day』の時のインタビューで「気が付いたら場面が変わっていく感覚を出したい」とおっしゃっていて、それはマジック・リアリズムっぽいなと思ったんです。

川辺:音楽は小説と違ってサウンドでムードを表現しやすいので、その音楽を聞いて、そこではない違う場にいるような気持ちになったり、聞いた時に街の風景が変わって見えてきたりすることがあるじゃないですか。そういう表現ができるといいなと思っています。一方で、歌詞は小説より伝えられる文字量が少ないので、ムードは伝えられるけど、厳密な定義を要するようなことには向いていません。なので、小説は自分のやっていることと近いようで、すごく遠いものだと思います。

『息吹』は想像力に限界がないことを教えてくれた

――今回の短篇集のどんな点が素晴らしかったですか。

川辺:自分が普段曲作りをしていて何か思いついても、「こういうことはすでに言い尽くされているな」と感じることがあるんですけど、この本を読むと想像力に限界はないんだと思えました。テッド・チャンは文学以外の、歴史や技術に関することから多くのインスピレーションを受けていると思うんですが、それを上手く小説に落とし込んでいますよね。自分が煮詰まってしまうということは、まだまだ勉強が足りてないってことなんだと思わされました。例えば、「商人と錬金術師の門」は、タイムトラベルというSFでは比較的よくある題材に、「千夜一夜物語」のようなアラビア世界の想像力をかけ合わせて、新しい物語を生み出しているわけですから。

――確かにその組み合わせは新鮮ですね。

川辺:はい。バンドの音楽って、古典的な音色を使って曲を作ることが多いんです。ドラム、ベース、ギターがいるのが定番で、そこから新しい発想は生まれ難いんですよね。手っ取り早く新しいシンセサイザーとか最新のソフトウェアを導入すれば、聴感上では刺激的なものにはなるんですが、ずっとそういうことをしていると煮詰まってくるし、形だけ新鮮でも、本当の新しさってそういうことじゃない気がするんです。発想と組み合わせ方次第で新しいものが作れると「商人と錬金術師の門」は教えてくれましたので、今回の短編集ではこの話が一番好きでした。あと、人に対する優しいまなざしも感じさせてくれますし。

――表題作の『息吹』はいかがでしたか。

川辺:精巧に作られた時計を眺めているような話ですよね。非常にテクニカルな内容で、新しい技術の仕組みを文章で発表されたような気分になって、これは相当なインテリジェンスがないと書けないだろうなと思いました。

――『息吹』の最後の方で、「われわれの宇宙は、静かなしゅっという音だけを残して平衡状態に達したかもしれない(67P)」という一文がありますが、ミュージシャンとしてこれはどんな音だと想像しますか。

川辺:あの最後の一息みたいなやつですよね。その音は、蒸気機関車のエンジンのようなものが最後にストンと動かなくなる音というイメージでした。金属の筒の中を空気が通る音というか。その後の圧倒的な静けさを、「しゅっ」という音で鮮明に浮かび上がらせていて、すごく詩的ですよね。

『息吹』から考える時間という概念

――表題の『息吹』の他、本書は時間を題材にした物語が多いですよね。ミツメが昨年リリースされた『Ghosts』というアルバムで、川辺さんはアルバム全体の「不在」というテーマの他、「時間の経過」というテーマを意識していたとインタビューで語っておられたのですが、時間というテーマで本書から何を感じますか。

川辺:自分はあのアルバムで「何かが漂っている様」を歌詞で表現できないだろうかと思っていたんです。時の流れは良くも悪くも何かを変容させていくものじゃないですか。それって誰にでも平等であると同時に残酷なことでもあり、良くなっていくこともあれば、悪くなることもある、自分の意思で思うようにいかない存在だと思って、「時間」というものに興味を持ったんです。『息吹』は長い年月が流れていき、最後にすべてが止まるような感じになりますが、それはすごく果てしない気持ちになると思うんです。

――「時間」はSFでも重要視されるテーマですけど、SF作品から時間について考えたり学んだりしたものはありますか。

川辺:そうですね。藤子・F・不二雄のSF短編で、荒地で目が覚めると何千年も経っていたという「カンビュセスの籤」という話があったと思うんですが、その中で「自分の役目は終わったので、あなたが私の肉を食べて遺伝子を残していってね」という展開があって、そういうのを読むと、そこまでして遺伝子を残していくことの意味はなんだろうと考えてしまいます。自分では普段あまり考えない方向の視点をSF作品は与えてくれますね。

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