『薔薇はシュラバで生まれる』は少女漫画版『まんが道』かーー70年代少女漫画の内幕にあった輝き
いま、漫画界の片隅で、とてもかわいい一冊が話題になっている。笹生那実の『薔薇はシュラバで生まれるー70年代少女漫画アシスタント奮闘記ー』だ。本書はサブタイトルどおり、70年代の少女漫画制作の舞台裏をアシスタントの視点から描いたもので、著者の笹生は高3のときに『別冊マーガレット』でデビュー。美内すずえ、くらもちふさこ、樹村みのり、三原順、山岸凉子といったレジェンドたちのアシスタントを務めたのち、自分の作品を発表していたが、やがて子育てとの両立が難しくなってきたため32歳で引退。なんでも本書の刊行がおよそ30年ぶりの再デビューになるのだとか。
“薔薇”を生み出す現場は修羅場そのもの
タイトルにある“薔薇”というのはもちろん、背景に美しい薔薇の花が散りばめられた少女漫画の世界を象徴しているのだが、一方の“シュラバ”は、当時の漫画家やアシスタントたちのあいだで実際に使われていた、過酷な仕事の現場やその状況を意味する隠語らしい(p120〜122参照)。たしかに、徹夜続きで寝られない(寝られたとしても蒲団では寝られない)、風呂にも入れない、食事もロクにできない、オシャレなどもってのほかと、華やかな“薔薇”を生み出す現場は修羅場そのもの。笹生は実際に体験した当時のその様子を、とても30年のブランクがあったとは思えない手慣れたタッチで、おもしろおかしく描いている(前述の漫画家たちの姿をそれぞれの画風で描くという“批評的”なテクニックも用いている)。だがそれだけではない。いまとなっては笑えるかつての辛い “シュラバ”のエピソードと共に、笹生は自分や“先生”たちの青春の輝きもきちんと作品の中に織り込んでいる。だから本書には普遍的な感動があるのだ。たとえていうなら、藤子不二雄(A)の『まんが道』を読んだときのような。
笹生によると、ある時代までの少女漫画は「とても低い位置に置かれていた」のだという。その状況を70年代以降、自由な視覚表現やキャラクターの深い心理描写を追求することで大きく変えていったのが、前述の漫画家たちや、萩尾望都、大島弓子、竹宮惠子といった異才たちであった(その多くは「花の24年組」と呼ばれ、いまなお人気を博している)。そう、当時はまさに、少女漫画というジャンル自体が、その描き手たちと同じように青春時代のまっただなかにあったといっていいのである。