手塚治虫が夢見た未来が現実に? 『ぱいどん』はAIと人間の共同作業の第一歩
AIが作った129案のプロット
もし手塚治虫が存命で漫画を描き続けていたら、どんな漫画を描いているのだろうか――そんな想像から生まれた革新的なプロジェクトが、キオクシア(旧社名・東芝メモリ)による「TEZUKA2020」だ。同プロジェクトは、AI技術を使って、「手塚治虫31年ぶりの新作」を想定した漫画『ぱいどん』を制作、その「前編」が先月発売された『モーニング No.13』(講談社)に掲載された。
ここでまずお伝えしておきたいのは、同作は、(一部の人たちが誤解しているような)AIが物語作りから作画にいたるまでの、すべての工程に関わった漫画ではない、ということだ。今回AIが務めたのは、プロットの生成、主人公の顔のデザイン、そして扉絵の作画である。このうちプロットについては、AIが作った129案(!)から手塚治虫の長男であるヴィジュアリスト(映画監督)の手塚眞が、肉付けしたりキーワードを読み変えたりすることで話を作り、最終的に1案に絞り込んでいったのだという。
その他にも、シナリオライターとしてあべ美佳、ネームの作成者として漫画家の桐木憲一、作画チームとして瀬谷新二、池原しげと、つのがいがこのプロジェクトに参加しており(主なキャラの作画はつのがいが担当)、要するに今回の漫画は、AIが考えたいくつかのネタ(たとえば「日比谷」「哲学者」「古代ギリシア」といった「お題」があったらしい)をもとに、手塚漫画に造詣の深いクリエイターたちがそれぞれの才能を活かしてひとつの「作品」に仕上げたもの、といったほうがわかりやすいだろう。
『ぱいどん』の舞台は2030年の東京。今から10年後の東京は高度に進化した管理社会になっているが、主人公の「ぱいどん」はそうした時代に逆行するかのような謎めいたホームレスとして登場する。そんな彼のもとに、科学者の父親を捜してほしいと(これまた謎めいた)美人姉妹が訪れる。そこでぱいどんは左目に機械的な義眼(?)をはめ込み、なんらかの“覚醒”ののち別人格に変貌するのだった……。この、「特殊な目を開いた主人公の人格が変わり、異能を目覚めさせる」という設定は、(AIが考えたのではないだろうが)『三つ目がとおる』のトリックスター、写楽保介の道化的な両極性を連想させ、極めて「手塚的」だといえよう(そもそも「変身」は手塚漫画を形作る重要な要素のひとつである)。
いずれにせよ、この「TEZUKA2020」というプロジェクト・チームの中では、AIはあくまでも「手段」のひとつであり(「スタッフのひとり」というべきか)、今回の『ぱいどん』という作品の制作は、「AIと人間の共同作業の第一歩」だったと考えたほうがいいだろう。そして、その両者の関係は今後もさほど大きく変わりはしないはずだ。