『ハイキュー!!』の革新的な漫画表現ーー「壁」を乗り越える見開き演出に迫る

『ハイキュー!!』が示したバレーと漫画表現の共通点

 「目の前に立ちはだかる 高い 高い 壁 その向こうは どんな眺めだろうか。どんな風に見えるだろうか」とは『ハイキュー!!』の第1話冒頭にある主人公・日向翔陽のモノローグだ。彼はこの言葉を実践し、たった160センチの身長ながら抜群の跳躍力を武器に、数多くの壁の頭上からスパイクを打ち込んできた。そして、現在放映中のアニメ『ハイキュー!! TO THE TOP』では夢の舞台「春高(春の高校バレー)」という“頂”に立とうとしている。先の言葉は『ハイキュー!!』を物語を象徴するフレーズである。しかし、同時に『ハイキュー!!』という作品は「壁」についての物語だという作者・古舘春一による宣言にほかならない。「壁」というモチーフを、反復的に用いることによって漫画表現そのものすら革新しようとしている。

※以下、ネタバレあり

バレーボールと漫画表現の共通点

 ネット/ブロッカーなどボールを阻む「壁」が重要となるバレーボールの特徴は、漫画という表現形態そのものと非常に共通している部分がある。本になった漫画では忘れがちだが、漫画は原稿用紙にバラバラに描かれたものを、製本と演出の力でひとつなぎの物語に見せている。ワープロソフトで連続して長大なストーリーを紡ぐことのできる小説とは決定的に異なり、漫画はページ毎に紙幅という「壁」によって区切られている。 

 その「壁」を強引に繋げる漫画の手法が「見開き」だ。古舘春一は非常に見開きを多用する作家だ。特に見開きが多いエピソードが、コミック117で白鳥沢高校との激戦がついに終結を迎える第147話「真っ向勝負」で、19ページのうち14ページ分が見開きで描かれている。おそらく、漫画史でも有数に見開きが用いられたエピソードではないだろうか。もし、比肩する作品があればぜひ教えて欲しい。見開きを多用するという点だけでも、非常に特徴的な作家性だと言えるが、彼の真骨頂は、見開きにしたときに生じる本の構造そのもの演出に援用しているところにある。

 古舘春一は、2008年に週刊少年ジャンプが主催する「トレジャー新人漫画賞」で佳作を受賞したのを機にデビューした。受賞作『王様キッド』は、不思議と現在の作家性と重なる「本」をテーマにした作品だった。同作は、不思議な本に漫画を描くと、描いたキャラクターが現実に出現するというコンセプトの作品だ。作中、唯一見開きが使われている、つまり見せ場として設定されているのが、本に描いたキャラクターが書き手に対して語りかけてくるシーンなのだ。

 見開きいっぱいに本が配置され、その上にこじんまりと絵を描く手も描かれている。さながら1人称視点のゲームのような構図に近い。ここで注目すべきは作中の本のノド(ページとページが繋がる中心のこと)と、実際の本に印刷されているノドが重なるように描かれている点だ。このノドを使う効果によって、「現実の読者が今読んでいる本」=「作中のキャラクターが書いている本」の先に挙げた1人称視点の演出が強調されている。見開きというのは、単なる大きな絵なのではなく、見開きのみでしか表現できない演出があるという彼の漫画観を示しているように思えないだろうか。

 『ハイキュー!!』で古舘は見開き演出をさらに押し進め、製本されて生じるノドという「壁」を、バレーボールの「壁」に見立てている。特に顕著に見られる第一話、主人公・日向と、後にチームメイトとなる影山率いるチームとの試合を例に説明しよう。

 正規の部員はただ一人で残りは数合わせという寄せ集めの日向のチームに勝ち目はなかった。だが、マッチポイントになってなお日向は試合を諦めない……。
 
 最後の点を巡って、37〜38ページ、39〜40ページで連続して見開きが用いられている。19ページで、セッターがコートのレフトで待つ日向にトスを上げようとするものの手が滑り、逆サイドにボールを逸らしてしまった。コートの端に流れたボールを打てるはずはない、敵のブロック=壁は迂闊にも日向をみくびっていた。翌20ページに進むと、日向は猛スピードで敵のブロックを置き去りにし、ボールに追いつきスパイクのフォームに入る。そして21〜22ページの見開き。日向はブロック、ネットの真上からボールを相手コートに打ち込むのだった。

 この連続する見開きのどちらのシーンでも、ページ中央=ノドとちょうど重なる位置に、日向を拒む敵/ネットという壁が配置されている。あたかも、ネット、そして敵のブロックの脅威をより高めるために、絵のみならず本そのものの物質的特性を利用しているように見えてこないだろうか。ぜひ読み直して確認してもらいたいが、壁とノドを重ねるこの構図は、その後何十回も反復されて描かれている。

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